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第7話「遅咲きの夜桜」

※第7話は柴山視点のお話の為、 主軸『』←は柴山になります。 第7話「遅咲きの夜桜」 いよいよ明後日… 《【アルディーン】35周年記念フィルムオーケストラ》 開催日。 誘うとしたら今日か明日しかない。 でもまずはちゃんと、この前のことを謝らないと。 勇気を出せ。 うっし! パァーン! 俺は両手で頬に気合いを入れると、 頬を赤く腫らしながら扉を開け家を出た。 何て切り出そう。 どんな言葉なら伝わるだろう。 会った時、怖がられないだろうか。 ちゃんと話を聞いてもらえるだろうか。 全然気合い入ってねぇじゃねぇかよ…だっせぇな…俺。 いくつもの思考や不安が頭の中をぐるぐるとする中、俺は電車のつり革に掴まり一人うなだれる。 [次はー桜犬町ー。桜犬町ー。お出口は左側です。] 車内アナウンスが聞こえる。あぁ、もうついちまう…早ぇな…。まだ何もまとまってねぇのに。 プシュー ピーポン ピーポン ドアが開く。 電車を降りると大きな広告が俺の視界に飛び込んでくる。 その広告には アルディーンとティーニーが初めて出会ったワンシーンが描かれていた。 明後日のアルディーンのイベントの広告だ。 アルディーンの『俺に…出来るかな…?』という言葉と共に、それに答えるティーニーの言葉が書かれていた。 『 出来るさ!だって君は!        優しい人だから  』 いたってシンプルな言葉だが、俺はこの言葉がすごく好きだ。初めてこのシーンを観たとき、何故かすごく心に響いたのを今でも鮮明に覚えている。きっとそれは、この一言にティーニーの様々な思いが込められていたからだろうと、今ならなんとなく分かる気がする。 不意に飛び込んできたティーニーの言葉は、 俺の頭の中の不安たちを一吹きで吹き飛ばしてしまった。 お店が見えてきた。 佑一さんは………いた。 接客中か…ちょっと待つか。 俺は佑一さんの視界に入らないように 店の外の離れた所から、佑一さんの接客が終わるまで待つことにした。 ……………なんだあのオッサン。 佑一さんが接客している中年の男。 なんか少し様子がおかしい。 やたらと距離が近いし、ことあるごとに佑一さんに触れている。 あれは…明らかに触りすぎじゃないか? 俺がそうやきもきしている中、 佑一さんは慣れた様子で、その男から上手いタイミングで距離を取りつつ接客を進めていた。 危ねぇ…あと少しで我慢できず乗り込むところだった。 接客が終わり男を見送ると、男が見えなくなった瞬間、 一瞬だけその笑顔が引きつっているように見えた。 そして振り返ってお店に戻るとき、その視界に俺が映った。 「柴山くん?…」 微かに聞こえたその声に、 俺の足は迷わず歩みを進める。 ズンズンズンズンズンズンズンズン 「え、ちょ!柴山くん?!」 俺は佑一さんの前に立つと 深く頭を下げた。 『この前は、怖がらせてしまい!すみませんでした!』 「え?!ちょ、柴山くん!え?!」 俺の大きな声と謝罪に、周りに居た人たちがなんだなんだとザワつきはじめる。 「柴山くん!と、とりあえず!頭あげて!そんでもってお店入って!」 俺は頭を上げると、その場で話を続ける。 『佑一さん!今日、お仕事のあと時間ありますか?』 「え…あ、うん。」 『ちゃんと話がしたいんです。俺にお時間もらえませんか!』 俺は真っ直ぐ佑一さんの目を見て伝える。 「……………俺も。…俺も話したいです…。」 佑一さんは小さな声で…身体を少し震わせながらも真っ直ぐに俺の目を見て、そう答えてくれた。 俺の口元が少しゆるむ。 『仕事が終わる頃、迎えに来ます。』 「…はい。」 ………………。 『じゃあ、またあとで。お仕事…ほどほどに頑張ってくださいね。』 佑一さんはコクリと頷くとお店の中へ戻っていった。 いま…柴山くんって呼んでくれてなかったか? 緊張しすぎたせいであまり確かではないが…うっすら感じていた壁がなくなっていたように感じた。 俺は胸をホッと撫で下ろす。 …………あれ? 俺は自分の胸元をもう一度触る。 あれ? 顔から冷や汗が流れはじめる。 俺は恐る恐るジャケットの内ポケットの中を確認する。 するとポケットの中には… 何も入っていなかった。 ……………やっちまったぁぁぁぁぁあ!!!! あろうことか俺は、本来入れてくる筈だったアルディーンのチケットを机の上に置きっぱにしてしまい胸ポケットに入れ忘れてしまっていた。 俺は直ぐに時間を確認する。 大丈夫だ、まだ間に合う。 俺は直ぐさま身体を回転させチケットを取りに家へと引き返した。 別に今日無くても困るようなものでは無いが、そういう問題じゃねぇ。どうせなら格好良くチケット渡して誘いてぇじゃねぇか… 俺は、少しでも佑一さんに格好良いって思われてぇんだ!!! ダダダダダダダダ ガチャ! バタバタバタバタ 俺は家に着くと、一目散にチケットを置きっぱにしたであろう机に向かう。 そしてそれは確かに机の上に置き去りにされていた。 俺はチケットを手に取るとしっかりと胸ポケットに入れ、玄関に戻る。 玄関で靴を履いているとポケットからチャリっと鍵が落ちる。 あ、わりい! 落ちたのは車の鍵と、そこに付いていたのは小さな骨格の良い柴犬のマスコット『豆太郎』だ。 俺は豆太郎を拾い上げ見つめる。 ………。今日は、車で行くか。 車を持ってはいるが仕事柄あまり使うことはなく 普段は電車など公共交通機関を使っている。 …でも何故か今は車で行った方が良い気がした。 豆太郎が車で行けって背中を押してくれたような気がしたから。 夜。 俺は佑一さんのお店がある商業施設の地下駐車場に車を停めると、 佑一さんを迎えにお店へと向かった。 閉店時間。 お店の中にいる佑一さんと目が合う。 佑一さんは俺に気づくと一度お店を出て、俺のもとへと駆け寄ってきた。 「柴山くん!ごめんね!もうちょっとで閉店作業終わるから!」 !!!!! 俺は、にやけそうになる口をキュッと必死に堪える。 『いえ、お気になさらず!お仕事お疲れ様です!』 「ありがとう!閉店作業終わったら、裏口から一度出ないといけないからちょっと待たせちゃうかも!」 『あ、だったら俺そっちで待ってますね!』 「ほんとに?!助かる!裏口はね、あそこを、こーいってこういけば…」 佑一さんは裏口への行き方を身振り手振りで丁寧に教えてくれた。 きっと今、俺との距離がちょっとずつ近づいてること気づいてすらいないんだろうな。 説明を終えると佑一さんと至近距離で目があった。 「あ、あ、あ、ごめん!」 『いえいえ。じゃあ、向こうで待ってますね。』 「うん。じゃ、じゃあ後程!」 佑一さんは恥ずかしそうにしながらお店へと戻っていく。 良かった。 佑一さん…笑ってた。 本当に良かった。 それに、やっぱり柴山くんって呼んでくれた… 『うっし!』俺はついついその場で拳を握って喜んでしまう。 その様子をみた通行人のおじさんが、白い目で俺のことを見てきたがそんなことはどうでもいい。 俺は教えてもらった従業員口へと向かった。 ガチャ。 従業員口の扉が開くと、中から仕事を終えた佑一さんが出てきた。 『佑一さん!』 「健太くん!お待たせ!!ごめんねちょっと遅くなっちゃった!」 俺は、軽く腰かけていた道路沿いのガードレールから立ち上がると右手を上げ 『お疲れ様です!』と佑一さんのもとへと歩み寄る。 佑一さんは顔から汗を流し少し息を切らしていた。…きっと急いで来てくれたのだろう。 …あぁ…愛しいな。 無意識に俺の右手があろうことか、佑一さんの頭の上へと向かう…。 …まずい!!! 俺はギリギリのところで自我を取り戻し右手を引っ込める。 …っぶねぇ!危うくそのまま頭を撫でるところだった。この前のことがあったばっかりだろ!しっかりしろ俺!そもそも今だってその時の事を改めてちゃんと謝るために時間作ってもらったんだろうが! 俺は右手で自分の頬を殴る。 「柴山くん!?!?!」 いきなり俺が自分の頬を殴り出すもんだから、佑一さんは驚いてあわあわしてしまっている。 『すんません。なんでもないです。気にしないでください。』 「いやいやいや!むりむり気にするって!」 『いや、ほんとに気にしないでください』 「だって結構鈍い音してたよ!ちょっと見せて!」 佑一さんの手が俺の頬に触れる。 ドキッ!!! 「血は…出てないね…良かったぁー。」 血が出てない事を確認すると、佑一さんはホッと胸を撫で下ろした。 ドキドキドキドキドキ 心臓の音と共に身体中の体温が上がる。 「ふ…ふふっ…柴山くん…ほんっとに…なにやってんの…ふふっ…」 あっ…佑一さんのこの笑い…久しぶりに見れたな。 『笑わないでくださいよ!』 笑って、もっと笑って 「だって…ふふっ…面白れぇ男すぎんだもん…ふふっ…」 俺は、 あなたにいつでも笑っていてもらいたいから… あなたには笑顔が一番似合うから。 『ほら、もう行きますよ!』 俺は自分の表情を隠せる自信がなかったから、くるっと振り返り歩き始める。 「ちょ、ちょっと待ってよ~」 佑一さんが追いかけてくる音が聞こえて、 俺はわざと歩幅を早める。 「あ!ちょ!柴山くん!自分の足の長さフル活用すな!」 久しぶりに意味もなく笑い合えるこの時間が俺にはとても大切で尊い時間だった。 いつの間にか、ここ数日あった俺と佑一さんの間にあった壁と線は綺麗さっぱり無くなっていた。 あぁ、やっぱり俺はこの人の傍にずっと居てぇな。 「てか柴山くん待って!どこいくの!」 『んー…内緒。』 「内緒って、こっち行ったら地下駐車場までのエスカレーターしかないよ?」 『俺、今日車なんで!』 「車!?!え!?柴山くん車持ってるの!?!」 驚いてる佑一さんもかわいいなぁ。 俺はニッて笑い掛けると 再びわざと早歩きをはじめる。 「ちょっ!柴山くん!逃げるなー!」 『ははっ!』 そして、車へとたどり着くと俺はアウターハンドルの解除キーに親指を当て車の鍵を開ける。 「え!?なんで鍵開いたの?!鍵差してないのに!?」 『………もしかして佑一さん、車って乗らないですか?』 佑一さんの顔が赤くなる。 「お、俺…免許持ってなくて…車も…その…母親が買い出しの時に出してくれる時くらいしか乗らなくて…かつ…うちの車、一昔前の車だから…。」 『…かわいい。』 「え?」 『あ、えーっと!佑一さん助手席でいいですか?』 「え、あ、うん」 じゃあ、こっちに。 俺は佑一さんの手を取りエスコートをはじめる。 「えっ!ちょっ!し、柴山くん?!」 俺は助手席のドアを開ける。 『どうぞ。』 「あ、ありがとう…。」 佑一さんが車に乗り込んだことを確認すると、 『じゃあ、ドア閉めますね。』 「は…はい…。」 佑一さんの声が小さくなる。 俺は助手席のドアをしめ、運転席に乗り込む。 『シートベルトは付けましたか?』 「は、はい!大丈夫です!」 佑一さんの声が大きくなる。 『…佑一さん…もしかして緊張してます?』 「してないです!!!」 再び大きな声で答える佑一さん。 『ははっ!ぜってぇ嘘じゃないですか!…じゃあそんな佑一さんにこれ!はい、どうぞ!』 俺は後部座席からカモミールティーのペットボトルを取り佑一さんに手渡す。 「…あ…これ…。」 『…前に佑一さんがカモミールティー好きっておっしゃってたので…。』 すると佑一さんは俺の方に身体を向け 頭を深く下げる。 「ごめんなさい!!!!!」 『え?!佑一さん!?!』 え???なんだ???え?? ん?なんで佑一さんが謝るんだ? え?もしかして今俺フラれた? 予想外の佑一さんの謝罪に俺の頭が混乱する。 「この前…いや…この前からずっと柴山くんに酷い態度をとって…悲しい顔させて…」 『いや、それは俺がこの前、勝手に触れたりして怖がらせたからで!』 「………………え?」 『……………え?』 「……………ん?」 『いや、だから!この前、勝手に触れてしまってごめんなさい!あ、それを言えばさっきもか!いきなり触れられて怖かったですよね!俺あのときは』 「ちょちょちょちょちょ!ちょっっっと待って!!!」 ????????? 佑一さんは大きな身振り手振りで 俺をの謝罪を制止する。 「ちょっとまって、整理させて。え?…ん?何で柴山くんが謝るの?」 『え?だって佑一さんが俺に距離置いてたのって俺があの朝いきなり触れて怖がらせたからじゃ…』 「でぇぇぇえ!違う違う違う違う!」 『え!?!違うんですか?!』 佑一さんは激しく首を縦に振る。 「柴山くんのこと怖がるわけなんてあるわけないじゃん!触られるのも別に嫌じゃなかったし!………あ。」 『…え?』 「とにかく!!!!!柴山くんのこと避けてたのはそう言うんじゃないから!」 避けられてたことに間違いはなかったか…とほほ。 でも…だとしたらなんでだ…? 「これは…ほんとに…自分自身の問題で…柴山くんは本当に何一つ悪くないから…」 その言葉を聞いた俺は 俺はハンドルに顔を埋め 『………はぁぁぁぁぁ…。』 と口から大きな安堵のため息を漏らす。 「し、柴山くん…?」 『…良かったぁ…。』 「え?」 『俺…佑一さんのこと…怖がらせちまったと思ってて……本気で落ち込んでたんです……自分勝手かもしれないけど…嫌われたくもなくて……だから今日…その事をちゃんと謝りたくて…時間作ってもらったんです…。』 すると俺の頭に何かが乗る。 俺が顔を上げると…俺の頭を佑一さんが優しく撫でてくれていた。 「俺のせいで、不安にさせちゃってごめんね。俺、柴山くんのこと大好きだよ。」 ………俺は溢れそうになる涙を堪える。 『俺も…大好きです…。』 佑一さんの手、あったかいな。 ………………。 『佑一さん…?』 「ん?」 『あの…その…そろそろちょっと恥ずかしくなってきたのですが…』 「え!あ!ごめん!ついつい!」 佑一さんは我に返ったような顔をして俺を撫でるのをやめた。おい、俺、何やってんだよ、何も言わずに大人しくもっと撫でられとけよ!こんな機会もう二度とねぇかもしれねぇだろ!…と撫で撫でタイムが終わると同時に気づいてしまった。 「…ん?てことは…話ってこれで終わり?」 『あ…。そうですね…。ははっ。』 俺たちは目を合わせ笑い合った。 『でも、せっかくなんで…良かったら、これから夜のデート付き合ってもらえませんか?』 「デッ!!!!!…はい…。」 『じゃあ車出しますね。』 俺は車のエンジンをかける。 「え!鍵差して無いのにエンジンかかった!」 佑一さんは再び、はっ!とした様子で恥ずかしそうに俯いてしまう。…かわいい。 『鍵はポケットに入ってて、至近距離にさえあれば鍵を差さなくても動かせるようになってるんですよ。』 「ほえ~未来の車だ…」 『プフッ…未来の車って!』 「あ、ちょっと今馬鹿にしたでしょ!」 『はーい、じゃあ出発しまーす!』 俺は車を発進させる。 「あー!否定しないじゃん!」 あぁ、嬉しいな。 隣で今また、あなたが楽しそうに笑ってくれている。 建ち並ぶ大きなビルの窓ガラスの内側に光る蛍光灯の白い明かりやオレンジ色の窓明かり、七色に輝く遊園地の観覧車。暖かな暖色系のレンガ倉庫の灯り。 窓の外に流れる様々な夜の光に、佑一さんは釘付けになっていた。 「わぁー…綺麗ー…。」 『綺麗ですね。』 あなたの瞳が。 「普段から見てるはずの景色なんだけど、なんか全然違う所に来た感じがする。」 『また、いつでも連れてきますよ。』 俺は左にウィンカーを出す。 カチッカチッカチッカチッ 『佑一さん、良かったら少し降りて散歩しませんか?』 「する!!!」 食い気味に反応する佑一さん…かわいい! 俺は顔がニヤケ面にならないよう必死に抑える。 『じゃあ、入りますね。』 ハンドルを左にきり、駐車場へと入る。 …もっと混んでるかと思ったけど意外と空いてるな…。平日だからか? 『そこ停めますね。』 車を停めようとバックをはじめる直前、唐突に俺の脳裏に昔、母がテレビを観ていた時の光景が頭に浮かんだ。 《回想》 母柴「きゃーーーー!!!これ!これよ!バックで車停めるときはこれがいいのよー!」 母がテレビで観ていた恋愛ドラマで、車をバックで停めるとき運転手が助手席側にグイッと身体を寄せ後ろを見ながら駐車するシーンを観て大興奮していた。 『母さん、これの何がいいの?』 すると母さんは、 「あんた、ほんっとに乙女心っていうものが分かってないわね。そんなんじゃいつまでたっても独り身よ。」 中学生相手に何言ってんだこの人は… 《回想Fin》 …信じてるぞ、母さん。 俺はグイッと助手席の佑一さん側へ身体を寄せてハンドルをきる。 左手で助手席の左側を抱き右手でハンドルを動かす。 …これ…本当に効果あるのか? 車を無事に停車させると手を元の位置に戻し、シートベルトを外す。 『お疲れ様でした!着きました…よ…』 助手席の方を見ると、そこには… 顔を真っ赤にした佑一さんが居た。 え…これって。もしかして…。 「あ…あ…えと!運転ありがと!柴山くん!」 佑一さんはワタワタしながらシートベルトを外し、先に車を降りてしまう。 これはもしかして…効果抜群だったんじゃないか…? 俺は右手で自分の口元を押さえる。 そして車を降りると、夜空を見上げ 秋田にいる母さんにお礼の念を送った。 ありがとう…母さん…。 イマジナリー母柴「よくやった!息子よ!」 「柴山くん!柴山くん!こっち来て!」 そういうといきなり佑一さんは俺の腕を引っ張り、走り出す。 『え?どうしたんですか?いきなり!』 「いいから!いいから!」 言われるがまま佑一さんについていくと、 「柴山くん!ほら!見て!」 佑一さんが指差す先にあったのは… 「桜!!!!!」 数ある木の中で1本だけ咲いている桜の木だった。 『…まだ咲いてたんだ…。』 「ねー!今年、咲くの早かったからもうほとんど咲き終わっちゃって葉っぱに戻っちゃってるのに!遅咲きの桜なのかな!」 『そうですね、ちょっと寝坊しちゃったんですかね。』 「ふふっ…寝坊って…柴山くん…かわいい~」 佑一さんがからかうようなイタズラな笑みを浮かべてくる。 キュン! 『かわいいって…からかわないでくださいよ!』 「え?なに?照れてるの柴山くん~。そういうところもか~わいい~!」 ここぞとばかりに畳み掛けてくる佑一さん。 …このまま。リード権を握らせてたまるか。 俺はグイっと右手で佑一さんの腰を抱き寄せる。 『…これでも、かわいいですか?』 「…ご、ごめんなさい…」 佑一さんの顔が、暗くても分かるくらい赤くなっている。 …これ、もしかして脈あるんじゃないか? もしかしてだけど、いけるんじゃないか? 「柴山くん…あの…」 このチャンス逃してたまるか。 俺は佑一さんの耳元で返事をする。 『…なんですか?』 「ひょあ!!!」 俺は更に佑一さんを抱き寄せる。 「ししししししし柴山くん!!!」 『嫌…ですか?…』 「いいいいいいやじゃないけど…」 至近距離で目が合う。 『…佑一さん…。』 バウッ!!! ビクゥッ!!! 突然聞こえた犬の鳴き声に驚いた俺は、 反射的に佑一さんを離してしまう。 飼い主「ブル!待って!早いってー!」 俺と佑一さんの横を、ブルと呼ばれるパグとその飼い主さんが走っていく。 ポテポテとした体型から想像も出来ないような俊敏な動きを見せるブルに。 俺と佑一さんは笑わずにはいられなかった。 ブルぅぅぅぅ!!!! ブルに罪はないがもうちょい後にして欲しかったと思わずにはいられなかった。 良いムードはすっかり壊れてしまい、 もうあの空気感に戻すのは無理だと諦めた俺は 再び佑一さんと共に夜桜を眺める。 すると佑一さんがゆっくりと口を開いた。 「桜ってかっこいいよね」 『かっこいい?綺麗とかではなくて?』 「え?あぁ!綺麗なのはもちろんなんだけど、なんていうんだろ生き様?みたいのがかっこいいなーって思って。」 佑一さんは真っ直ぐな瞳で、でも何処か寂しそうな表情で話を続ける。 「うまく言葉にするの難しいんだけど。桜ってさ、一年に一度だけでもいまのこのこみたいに満開の花を咲かせてさ、俺ここにいるんだよー!って見つけてもらえる努力をしてるのがすごいなっていうか…なんというか…一年中そこにあるはずなのに、普段の葉っぱの時は普通の木として扱われてるじゃん。それでもへこたれずに一年待ってまた翌年満開の花を咲かせてみんな見てー!って、俺を見て幸せになってー!って、みんなの心に今みたいな幸せな気持ち届けてくれてすごいなーって思って。…ってよく分かんないこと言ってるよね。」 『いや……なんとなく。わかりますよ。』 俺は、今の言葉がどうしてか 佑一さんが 「誰か自分のこと、見つけてくれないかな。必要としてくれないかな。」 …そう言ってるように聞こえた。 夜風になびいて桜の花びらが散る。 『佑一さん。』 「ん?」 佑一さんと目が合う。 『好きです。』 「…え……?」 『あなたのことが、好きです。      はじめてあった時から。』 第7話「遅咲きの桜」

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