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第8話

それからは仕事が忙しくバタバタとした日々を過ごしていたが、一週間後のある日の昼に電話がかかってきた。 『今、電話大丈夫?』 声の主は、陽葵の弟である光輝だ。 「あぁ……、久しぶりだな。どうしたんだ?もう俺には関わりたくないんだろうと思ってたんだけどな」 そうだ。柴田が触れた夜以来、光輝はパッタリと連絡を寄越さなくなっていたのだ。 特段に柴田からも用事があるわけでもないし、連絡をすることもなかった。 光輝のことが全く気にならなかったと言えば嘘になるが、きっと忙しいのか気まずいというのが理由だろうと思っていたのだ。 『今夜空いてるんだけど、時間ある?飯でも食おうかと思って』 「飯?俺と?いいのか?」 光輝の意思とは関係なく一方的に弄ばれたのだ。 女じゃないが、彼は嫌悪感があるか、あるいは憤っているかもしれないのに。 『……うん……アンタと会いたいから』   一体、どういうつもりだろうか。この前の仕返しでもするつもりかと、柴田は訝しく思う。 「……分かった。何か知らないが、空いてるからいいよ」 『良かった!』 光輝の声に嬉しさが滲んでいた。 きっと、電話の向こうの顔も、笑顔になっていることだろう。 『俺が店の予約しとくからさ。来てよ。後で場所メールする』 「あぁ。分かった」 『じゃあ』と言って、光揮は電話を切った。   彼は自分に話でもあるのだろうか。 誘いを受けたが、訝しい気持ちも過る。     仕事が終わり、柴田は約束の午後八時頃に光輝から指定された店を訪れた。 隠れ家的な鉄板焼きの店で、柴田は入ったことのない店だった。 外観の佇まいが落ち着いていて、高級感もあるように見える。 中に入ると、店内は黒を基調としていて内観も落ち着いた雰囲気がある。 他の客の騒々しさもなく、静かに食事ができそうな店だ。 店には既に光輝が来ていた。 店員に案内されて光輝がいるという個室に辿り着くと、そこには緊張の面持ちの彼がいた。 光輝は、サングラスなどで変装をすることもなく、普段の様子で掘りごたつに座っている。 「待たせたな」 声をかけると、光輝はこちらを見ると照れも混じったような笑顔を見せた。 その笑顔に、柴田は思わずドキリとした。 笑顔があまりにも美しかったから……。 オーラを消しているようだったが、隠しきれないオーラを纏うほど、極上の男前に成長したものだ。 「ううん。俺も今来たとこ」 そう言う割には、既にビール瓶が一本空いている。 緊張のため、飲んだのだろうか。 「そか」 柴田は光輝の前の席に腰を下ろす。 「約束の時間ぴったりだ。時間は守るんだな、龍二さん」 光輝のその物言いに、柴田は苦笑した。 「はは、まぁな」 それから柴田は注文を取りに来た店員に、ビールを注文した。 「で?俺に何か話があるんじゃないのか?」  注文後すぐに持ってこられたビールに口をつけ、光輝に質問をした。 「あぁ……。うん……龍二さん、兄貴とはもう会ってないのか?」 まさかそんな質問が来るとは思わなかったから、柴田は意表を突かれた。 「い、いや……。何だよ。何でそんなこと聞く?」 「いいから!どうなんだよ。あれからもう会ってないの?」 勢いに押され、柴田はタジタジになる。 「前に、同窓会で会ったよ」 「そうなんだ……で、それからは会ってないのか?」 「なんだよ。聞いてどうするんだ、そんなこと」 柴田が少しうんざり気味に言うが、光輝は食い下がってくる。 「だから、連絡取ってないのかって聞いてんだよ」 「はぁ……会ったよ」 「そ、そうか……会ったんだ……」 光輝はあからさまに意気消沈する。 「何だ。会っちゃいけないのか?別に、大した用じゃない」 「でも……」 「今、何歳だと思ってるんだ?あいつと別れてから十年以上経つぞ。それに……」 柴田が結婚をしていることを告げようとすると、光輝が遮った。 「でも、いつまでも忘れられないことってあるだろ?」 「お前、そんなこと言うキャラだったか?」 そうからかうと、光輝は顔を一気に赤くした。 「う、うるさいな。陽葵のこと、どう思ってるのかと思ったんだよ」 「別に、何とも思ってない。あいつのことは、過去のことだからな」 「本当にそうなの?」 光揮は、柴田の言うことを信じていないのだろうか。 「そうだよ。でも、何でお前はそんなこと聞くんだ」 「そ、それは……ただ、あいつとどうなったのか、気になっただけだ」 「そうかよ」 光輝がどういう意図で聞いたのかは分からない。 しかし、柴田はそれを知りたいとはさほど思わなかった。 その夜、柴田は光輝に既婚であると伝えることを忘れてしまう。 それでも、柴田は大したことはないと考えていた。 結局のところ、その夜の光輝は柴田と兄・陽葵の現在の関係を知りたいだけのようだった。 その三日後、光輝から連絡が来た。 クリニックが終わる頃に、ビルの入り口で待っているという。 俳優として売れているはずなのに、自分に構っている暇があるのだろうかと思わないでもない。 その日の仕事が片付いたのでビルの玄関を出ると、脇に帽子を目深に被りサングラスをかけた男が立っていた。 分かりやすい変装をしているが、オーラは隠せていない。 「光輝……待ったか?」 「ううん。俺も今来たところ」 本当にそうなのだろうかと柴田は思ったが、一々気にしないようにする。 「そうか。お前、時間あるのか?俺に構ってて平気なのかよ」 「あぁ、大丈夫だよ。もう少ししたらまた撮影入るけど、今は少し余裕ある」 「ふーん……で、今日は何のようだ?」  そう、柴田はそのことを少し訝しく感じていた。 「え?まぁ、ちょっとついてきてよ」 光輝に促されて歩くこと十分。 着いたのは高級ホテルの中にあるレストランだった。 通りで、光輝は少々めかし込んでいると思った。 柴田もスーツを着用しているから、TPOには反していないはずだ。 「お、お前……何でここに?」 まさかこんなところに連れて来られるとは思っていなかった柴田は、いささか狼狽えた。 『何で、こいつとこんなところで食事をしなきゃいかないんだ?』 そう思いながらも、柴田は光輝に従いレストランの席に着いた。 「今日、誕生日だろ?だから……」 「あっ……」 うっかり忘れていた。 こういうことに頓着がないから、今日が誕生日だということが頭になかったのだ。 きっと、妻も祝ってはくれないだろう。 そんなのは前からだ。 「お前、覚えてたのか?俺の誕生日」 「うっ……ま、まぁな。今まで、全然祝えなかったし……」 「何でお前が祝ってくれるんだ?」 「それは……」 急に、光輝は顔を真っ赤にして口をつぐんでしまう。 「まぁいい。ありがとうな、光輝。でも、俺が変な格好をしていたらどうする気だったんだ?」 「それは……龍二さんがいつもスーツ着てるみたいだから……」 「まぁな。確かに普段からスーツ着てるし問題はないか。お前も、服装は見違えるほどだ。さすが俳優だな」 そう言うと、光輝はまたもや顔を紅潮させた。 「ほ、本当?」 「あぁ。本当だよ」 柴田が少し微笑むと、光輝は嬉しそうな顔をする。 一人っ子の柴田だが、光輝が本当の弟のように感じられるから不思議だ。 「さっ、そろそろ頼もうぜ。俺、ワイン飲みたい」 「そうだな。じゃあ、俺も赤にする」 この時点では、柴田は自分でも支払うつもりでいた。 特段に、光輝に奢られるつもりはなかったのだ。

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