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第11話
確かに、患者たちを喰っていることを雑誌に掲載されでもしたら、一巻の終わりだろう。
院長の座は失うかもしれない。
でも、果たして記事にされることはあり得るのだろうか。
柴田には、まだ現実味が感じられないでいた。
次の日から、何となく町田の視線が気になるようになった。
チラチラと見られるというか、監視されているように思えるのだ。
『やりづらいな……』
柴田はほとほと困り、なぜ町田が復帰をしたのか疑問にさえ感じた。
そんなある日、柴田が診察室で書類のチェックをしていたところ、看護師の横田が駆け込んできた。
「先生!」
横田の顔は青ざめている。
「何だ?何かあったのか?」
「たまたま私が電話に出たんですけと、匿名の電話で、変なことを言うんです」
「変なこと?」
柴田は嫌な予感がした。
まさか……。
「院長が、患者さんに手を出してるって種に書かれていると……違いますよね、先生!」
「あ、当たり前だろ?そんなことするはずない。第一、俺には妻がいるしな」
内心は凄く動揺したが、笑顔を向けた。
「そ、そうですよね。先生がそんなことするわけないですね!」
横田は信じたようで、ホッとした顔を見せた。
「あぁ。気にしなくていいから、しっかり働いてくれよ」
柴田はまた書類に目を落とす。
「はい、あ、でも週刊誌に書かれた内容が虚偽なら、訴えるべきでは?」
「ま、まぁ。そうだな。考えておくよ」
横田は「そうですね」と言いながら、頭を下げて部屋を出ていった。
雑誌自体はまだ読んではいないが、柴田は自身の危機を感じる。
『どうしよう……』
自分がしてきたこととはいえ、公に明るみになるとは思ってもみなかった。
手を出した患者たちには、十分な口止めをしたはずなのに……一体誰が漏らしたのだろう?
その日の帰り、柴田は書店に寄り自身のことが書かれている週刊誌を購入した。
目立たないように気を付けながら。
帰宅してから週刊誌を開いてみると、見開き半ページほどに柴田のことが書かれているのを見つけた。
見出しには、『敏腕美容外科医 患者と蜜な夜』と書かれている。
『あぁ……』
柴田は絶望した。
本当に、世の中に評判が広まってしまっては、今の地位が危うくなるだろう。
彼は、そのことで頭がいっぱいになった。
『俺は……どうすればいいんだ……』
頭を抱えた柴田は、その夜はろくに寝られなかった。
次の日重い足取りで出勤すると、清々しい顔を見せる町田と院内の廊下でバッタリと出くわした。
「先生、おはようございます」
挨拶をしてきた町田は、いつになく晴れやかそうな顔をしている。
「あ、あぁ……おはようございます」
何とか返事をするが、柴田は何かが引っかかった。
『何なんだ、一体……』
モヤモヤとした思いで、柴田は昼になると陽葵に、記事のことについて聞くために会おうと連絡した。
その日の陽葵は休日だったため、家にいるという。
家の場所を聞いて、仕事終わりにその場所に向かうことにする。
医院から三十分ほどで到着した陽葵の自宅は、おしゃれなマンションの六階にあった。
部屋のインターホンを押すと、部屋着の陽葵が出迎えてくれた。
昔の制服姿か、仕事の恰好しか見たことがなかったため、柴田は少しだけドキリとする。
「いらっしゃい」
「あぁ……」
何だか、”元カレ”の自宅を訪れるのは妙に緊張してしまう。
「さぁ、どうぞ」
「上がって」と促す陽葵に従い、柴田は部屋の中に足を踏み入れた。
廊下を進んだ先にあるリビングは、室内が広く男性の一人暮らしにしては整然と片付いている。
昔から几帳面だった陽葵らしいと柴田は思った。
柴田が来るから片付けたのもあるだろうが、普段から綺麗にしているに違いない。
「さすが、綺麗な部屋だな」
「散らかってると、落ち着かないんだよ」
そう言って、陽葵は苦笑する。
「だろうな。昔、実家にいる時もお前の部屋は綺麗だったよな」
「まぁ……。母親が掃除してくれてたのもあるけどな」
「そか。ウチなんて、掃除は自分でやれって言われてて、かなり荒れて酷かったけどな」
「一緒に片付けしたっけな」と、陽葵は笑った。
何となく思い出話をしていると、話が止まり辺りが静まり返る。
どちらも話題に詰まってしまい、次の言葉が出てこない。
一分ほどの沈黙の後、陽葵が口を開いた。
「で、何だ?話って。何か話があって来たんだろ?」
「あぁ。そうだったな……」
現実に引き戻された柴田は、ここにいる目的を思い出す。
「俺のことが……また週刊誌に載ったんだ……お前も、知ってるだろ?やめろって、言ってくれたの……お前だったしな」
陽葵は渋い顔をして、口をつぐむ。
言葉を探しているのかもしれない。
「週刊誌、お前の会社のだった。書いたヤツの名前は書いてなかったが……まさか、お前が?」
絶望感を感じながら聞くと、陽葵は首を横に振った。
「いいや……あれは、俺が書いたんじゃない。社の人間が情報を掴んで、記事にしたんだ」
「そうだったのか……」
「俺は止めようとしたんだ。けど、どうしても載せると上に言われて、無理だった……。本当に悪い……」
陽葵まで項垂れてしまった。
「でもまぁ、事実だしお前が謝ることじゃないだろ。お前は、俺に止めろと言ってくれたし」
「お前のクリニックの、運営に関わるだろ」
そうだ。
妻や義父の顔が思い浮かぶ。
記事のことを知ったら、2人は大激怒するに違いない。
自分の蒔いた種とはいえ、気分がズシリと重くなった。
その場から、一歩も動けなさそうだ。
「明日あたり……会長から呼ばれるかな……」
柴田は憂鬱に項垂れた。
「掲載を止められなかったのは悪かった……。今後は、しっかりと仕事をすることが大事だな」
「あぁ……。身から出た錆びって……このことだよなぁ……」
今の柴田には、鬼の形相をした会長の顔や、あまり患者の来ない診察室のイメージしか浮かばない。
「飲むか?」
優しい声色で陽葵が尋ねてきたので、柴田は「あぁ」と頷いた。
陽葵は手際よくウイスキーの水割りを二人分つくってきてくれる。
もう、どうにでもなれという気分だった。
ウイスキーの一口目は至極美味しい。
このまま眠ってしまい、このまま起きなければどれだけ楽だろうか。
柴田は、隣に座る陽葵の肩にコテンと頭を乗せた。
「龍二……」
陽葵は、柴田の些細なこの行動に少し動揺したようだ。
「少しだけ……このままでいさせてくれ……」
心細さにそう言うと、陽葵は「分かったよ」と了承してくれた。
「俺……もうダメだな……」
「何言ってんだよ。ちゃんと自分で落とし前つけろよ。でも……真摯に対応すれば大丈夫だ。きっと、良い道が開けるだろう」
陽葵は頭を撫でてくれた。彼の想いを利用していることになるかもしれないが、今は陽葵に寄りかかりたかった。
「そう、だな……」
柴田は一言だけ呟く。
その晩は、つい陽葵の家で飲み潰れてしまった。
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