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第15話

それから三日後の夜に、調査を依頼していた吉沢から電話が来た。 「何か進展があったか?」 敢えてそう聞くと、吉沢は明るい声で言った。 『情報を流した人物が見つかったぞ!』 「そうか……世話かけたな」 『いや、明日事務所に来られるか?』 「あぁ。明日の一時くらいって、空いてるか?」 『大丈夫だ。それじゃ、待ってるな』 「あぁ、よろしく」 内心ホッとしながら、柴田は電話が切った。 それと同時に、今回判明した相手に怒りが湧き上がる。 何となく、相手が誰なのかは想像つくのだが。  さっそく次の日の昼休憩の時間に、柴田は吉沢の事務所を訪れた。 「良く来たな」 久々に会った吉沢は、笑顔で迎えてくれた。最後に会った時と比べて、変わりないようだ。 いや、より若くなっているようにすら感じる。 柴田が応接セットのソファーに座ると、吉沢の助手らしき若い男がお茶を持ってきてくれた。 「失礼します」 そう言って微笑んだ男の目は、吸い込まれそうに魅力的だった。 「あ、どうも……」 柴田がようやくそう言うと、男は別室へと下がっていった。 呆気にとられていると、資料を携えて吉沢が柴田の正面に腰を下ろした。 「今の、俺の男」 吉沢の言葉に、柴田は驚いた。 「は?助手じゃないのか?」 「助手でもあり、三年くらい付き合ってる」 「はぁ……良く見つけたもんだな。あれだけの男」 「だろ?俺にはもったいないくらいの男だよ」 世の中、分からないものだと思う。馴れ初めなんかも聞きたいところだが、それどころではない。 「もっと聞きたいところだけど、本題……」 「あぁ、すまん。そうだったな」 少し表情が緩んでいた吉沢は、表情を引き締めた。 「で、誰だったんだ?情報をタレ込んだの」 内心は食い気味で問いたかったが、冷静さを装った。 「お前のクリニックに、町田悠紀子って看護師いるだろ?」 「あ、あぁ。まさか、あの人が?」 心の奥ではもしやと思っていても、実際に聞かされると衝撃は大きい。 「そうだ。おまけに彼女は、お前のクリニックの会長と不倫してるぞ。しかも、20年も前からな」 「やっぱりそうだったのか……内心、そうじゃないかと思ってたんだ」 「そうなのか」 「あぁ。不倫の件も、薄々感じてはいたよ。ずっと、気付かないフリしてたけどな」 「なるほどなー。最近、復帰したんだって?」 「たぶん、会長との関係がバレそうになったんで、一度辞めたんだ。けど、会長がまた呼び戻したらしい」 そこまでして関係を続けるのは凄いなと思うが、なぜ自分のことをタレ込まれたのだろう。 「みたいだな。お前の方だけど、町田って看護師は、お前と患者との会話を聞いたらしい」 「会話を!?」 吉沢によると、柴田が診察中に患者と外で会う話などをしているのを、たまたま聞いたのだという。 そんなことを繰り返し、柴田があらゆる患者たちと秘密の関係を持っていることに気付いたのだ。 それで、陽葵の会社の人間にネタとして売ったのだそうだ。 「聞かれてたのか……」 柴田は俯いて頭を抱えた。 「お前も運が悪かったというか……災難だったな」 吉沢に慰められたが、柴田の胸中はお先真っ暗だった。 医院の患者の入りはさっぱりだし、これからどうすればいいのか分からない。 「どうすればいいんだ……俺は……」 そう呟いたところで、成す術は検討がつかない。 「地道にさ、仕事を続けていくしかないんじゃないか。そうすれば、患者も戻ってくるさ」 吉沢にそう言われ、「そうだな」とだけ力なく答える。 取り敢えず依頼していた情報を入手し、柴田は鉛で押しつぶされそうな心境で医院に戻った。 午後は何とか雑念を払い仕事に集中し、閉院後に柴田は町田を自分の診察室に呼んだ。 「何でしょうか」 町田は警戒心を隠そうともせず、柴田の顔を見つめた。 「どうぞ、座って」 そう勧めると、「はい」と応え患者用の椅子に座った。 対峙する二人の間には、ピリ付いた雰囲気が漂う。 「週刊誌の記事、町田さんも知ってますよね。俺の記事です」 町田は一瞬目を見開いたが、直ぐにいつもの表情に戻った。 「えぇ、そうですね。知ってますよ」 しれっとした顔で町田が答えた。 「情報を流した人物が……この医院の中にいるらしいんですよね」 「あら、そうなんですか!?一体誰がそんなことを!?」 いけしゃあしゃあと町田が言ってのけた。 こんなことを言うとは思わなかった柴田は、内心少し意表を突かれた。 演技力に恐れ入るが、ここで怯んではいられない。 「んー、それが、あなたみたいなんですよね、町田さん」 「えっ、私が!?この私がですか!?どうして私がそんなことをしなきゃいけないんですか??」 町田は思い切り早口でまくし立てた。 「白々しい演技は止めましょうよ。調べはついてるんですから」 柴田の言葉に、町田の表情は少し堅くなった。 「証拠でもあるって言うんですか?」 「あなたは、あの出版社の記者と知り合いだったんですよね?確か、大学の同期だとか?」 柴田は1枚の写真をデスクの上に出した。 そこに写っているのは、町田と一人の男だった。 町田と同年代くらいの年齢だろうか。 「すみません。調べさせてもらいました。 この記者と、学生時代に付き合ってたらしいですね」 「何だか、取り調べみたいなことするんですね」 仏頂面の町田が目も合わさずに言う。 「気分を悪くしたんならすみません。でも、僕も困ってるんですよ」 「原因は、あなたがしてきたことでしょ」 「えぇ、そうですね。でも何故です?医院を窮地に陥らせるのはあなたも困るのでは?」 しばらく考えてから、町田が口を開いた。 「会長とのことを知ってた、あなたが疎ましかったのよ。いつかバラされたら、ここにいられなくなる……」 「医院自体が危うくなったら、どうするつもりだったんですか?あなただけじゃなく、会長にまで迷惑がかかる」 「それなら、先生だって同じじゃないですか。あなたも、院長として正しくないことをしていたわけですよね?」 確かに、その通りだ。 情報を流したのは町田とはいえ、自分の撒いた種だ。 柴田は十分に過去を悔いている。 「返す言葉もありません。だから今、僕も苦しんでるんです。会長は、医院を建て直せと言っています。だから、医院の看護師としてもう少し耐えていただけますか」 柴田の言葉に、町田は目を瞬かせた。 「それって……どういう意味ですか?先生」 「あなたと会長の関係は、二人の問題です。だから、僕はもう何も言いません。町田さんは日頃から、僕を看護師として助けてくれていました。今後も、この医院に必要なんです。だから、もうそろそろ、僕たちもいがみ合うことは止めましょう」 「先生……」 町田は、呆気に取られて柴田の目を見つめた。 信じられないという面持ちで。 「今後も、よろしくお願いします。また一から出発する気持ちで、頑張りますので。院長としては、事態が収拾したら今後のことを考えます」 今までは、院長というポストに執着していたし何としても留まっていたかった。 しかし正直、今の時点では騒動を起こした身で院長を続けていって良いはずがないと思うようになってきている。 医院に普段通りの患者が戻ってくるまでに、身の振り方を考えておこうか。 「分かりました。先生がそうおっしゃるなら、私も看護師としての職務はしっかりと遂行いたします。会長との関係は、私も今一度考え直しますね」 町田は、柴田がこれまでに見たことのないほどに、しおらしい顔をしていた。 「そうですか……」 「はい。実は、もし今回の記事の件が私だと先生に知られたなら、ここを辞めようと思ってたんです。でも、先生が望んでくれるなら、もう少し頑張ってみます」 「ありがとうございます、町田さん」 柴田の中の、これまで抱いていた町田の印象が変わっていく。 「先生、先生や医院を窮地に立たせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。私一人で恨みを募らせてしまい、後先考えずに行動してしまいました」 町田の目には、涙が薄っすらと滲んでいるようだ。

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