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第29話
その夜、光輝は黒のキャップを被って出掛けたが、思いの外気付かれることはなかった。
何も起こらず安心したが、気を張っていた柴田は拍子抜けしてしまう。
「もう一軒行きたい。バーとか」
食事をした店を出ると、光輝が希望してきた。
「そうだなー。飲んでいくか」
二人は近場にあったバーに入ることにする。
時刻は九時を回っていたが、店内はそこまで混んではいなかった。
柴田がカウンターに目を向けると、バーテンダーが男性客と仲良さそうに談笑していた。
身長が優に百八十センチはありそうなスラっとした体型で、ルックスはどこか有名俳優に似ているようだ。
話をしている相手の客の方を見て、柴田は驚きを隠せなかった。
それは、光輝も同じようだった。
「え?兄貴?」
薄暗い店内だが、二人にははっきりと分かった。
バーテンダーと話していたのは、光輝の兄である陽葵だったのだ。
「あ……」
二人は唖然としながら陽葵の様子を眺める。
すると、陽葵がこちらを向き二人に気付いたようだ。
「龍二……」
バーテンダーも、こちらに気付いた。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
促された柴田たちは、店外に出るわけにもいかず店内を中に進んでいく。
「何だ、二人で来たのか」
「……あぁ。まさか、お前がいるとは思わなかった」
「ここは、たまに来るからな。な?店長」
陽葵が水を向けると、バーテンダーはコップを拭きながら「はい」と言い笑顔を見せた。
「そうなのか」
「あぁ。立ってないで座れば?光輝も」
陽葵の言葉を合図に、静観していた光輝と共にカウンター席に座った。
柴田は光輝と二人で静かに飲みたかったが、そうもいかないようで残念になる。
光輝はすぐさま「トイレ」と言って、その場から去ってしまう。
「阿部さんのお知り合いですか?」
バーテンダーから問われた陽葵は頷き、「そうです」と答えた。
「弟と……俺の学生時代の同級生なんです」
ここではそう答えることは当然なのだが、柴田は”学生時代の同級生”と紹介されたことに淋しさを覚える。
あの頃、陽葵を裏切ってしまったのか自分の業とはいえ、付き合っていた点もなかったことになるのかなと思ったのだ。
つくづく、自分は勝手な人間だなと思い知らされた。
彼を傷つけたのは自分なのに…。
「そうでしたか」
バーテンダーは色気のある表情で微笑むと、自身の作業に集中し始めた。
面長だがすっきりとした顔立ちで、美形の彼にはきっと”ガチ恋”しているファンもいるに違いない。
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