31 / 38
第31話
状況を見守っていたバーテンダーは、複雑そうな表情をしている。
突然に陽葵が帰ってしまったこともそうだが、三人の間に何かがあったこと程度は分かっただろうから。
しかし当然ながら、詳しく話を聞きだすことはしない。
「阿部さん、帰ってしまいましたね。何をお出ししましょうか」
何もなかったように笑顔で応対してくれるバーテンダーに、有難く思う。
「俺はジントニック」
「じゃあ、俺はジム・ビーム」
それぞれに注文すると、バーテンダーは「かしこまりました」と言い、手際よくドリンクを作り始めた。
「まさか、兄貴が来てるなんてな」
「あぁ。驚いたよ。お前、相変わらず陽葵と関係が良くないのか?」
それとなく問うと、光輝は顔を少し曇らせる。
「んー、まぁね。実家にもほとんど帰ってないし。連絡も取り合ってないからな」
「俺が言うのも何だが、兄弟は大切にしろよ」
「龍二さんが原因だろ?」
光輝はそう言って笑った。
彼にとっては、陽葵との仲など大したことではないのだろうか。
「陽葵に、俺たちのこと話したから」
「あ、あぁ。そっか……兄貴も龍二さんのことを未練たらたらだったからな。俺もだけどさ」
「アイツには本当に申し訳ないけど、お前じゃないと、ダメだからさ」
光輝の髪に手を伸ばしかけたところで、「お待たせいたしました。ジントニックでございます」と言ってバーテンダーが柴田が注文した酒をカウンターに置いた。
「あぁ、どうも」
柴田が酒を引き寄せたところで、光輝のジン・ビームも出来上がる。
「バーに来るのも久々だし、今晩は飲みたいな」
「明日、仕事は?俺は休みだからいいけど」
愛する人との夜を、存分に楽しみたかったのだ。
「うん、午後からだから酔っ払っても大丈夫だよ」
「そうか?じゃあ、とことん飲むか!」
少し下がり気味だったテンションが、少し上向いた気がした。
そろそろ日付が変わろうとしている時刻、柴田も相当に酔っていたが、光輝は柴田以上に酔っぱらい寝てしまっていた。
『潰れたか……』
陽葵と出くわすという出来事もあったが、楽しかったのだろうか。
少しホッコリとした気分になった柴田だが、光輝をこのままにしておくわけにはいかない。
「おーい、起きろよ」
柴田が肩を揺すると、光輝が僅かに身じろいだ。
「う〜ん……あ、龍二さん?もう朝?」
明らかに寝ぼけているが、そんなところも可愛い。
「何言ってるんだ。零時になるところだ」
「えー……?ここどこ?」
「バーの中だよ。一緒に飲んでただろ?」
「あー……そうだったね……」
一瞬目を開けかけた光輝は、また閉じてしまう。
「おい、コラ!寝るなって!」
光輝を揺すって起こそうとすると、片付けを始めていたバーテンダーが笑った。
「楽しかったのかもしれませんね」
「すみません、コイツ」
「いいえ。でも、しばらくは起きないかもしれませんね」
バーテンダーはコップを洗いながら苦笑する。
閉店が間近に迫る時間帯で、お客は柴田たちのみとなっていた。
「タクシー呼んで帰りますね」
「では、私の方でお呼びしますよ」
「あ、じゃあすみません。お願いします」
バーテンダーの好意に感謝しつつ、柴田は光輝を起こそうと頑張るが、やはり起きそうにない。
五分ほどでタクシーが到着したので、柴田は仕方なく光輝をかついで店を出ようとする。
「ありがとうございました。またいらしてくださいね。お気をつけて」
そう言って丁寧に頭を下げてくれるバーテンダーに、「はい。こちらこそ、ありがとうございました」と言い残してタクシーに乗り込んだ。
ともだちにシェアしよう!

