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第32話
「龍二さん……」
寝言を言いながら肩に頭を載せてくる彼に、柴田は愛おしさが込み上げてくる。
十五分ほどで光輝の家に到着し、運転手に手伝ってもらい何とかタクシーから下ろした。
光輝のことが運転手にバレなかったかと内心心配になったが、運転手は何事もなかったように去っていったのでホッとした。
柴田は光輝を背負うことにした。
「エー……もう一軒行くのぉ?俺、もう飲めない」
マンションのエントランスまで行く途中で、半分寝ぼけながら光輝が呟く。
「何言ってんだ。マンションに着いたんだよ。全く、重いんだよお前」
思わず悪態をつくが、可愛い弟の世話をしている気分になる。
光輝は柴田の身体に腕を巻きつけてくるので、そんなところも嬉しかったりするのだ。
何とか光輝の部屋まで辿り着くと、寝室に真っ直ぐ向かい光輝をドサっとベッドに下ろした。
「あー、しんどかった」
光輝はスラっとして細身に見えるが、筋肉質であり結構重いのだ。
「ん〜……」
下ろされた振動のせいか、光輝が目を覚ました。
「起きたか」
「……龍二さん?」
自分を見つめてくる彼の視線が、何とも色っぽく感じられる。
「そうだよ」
「……家に帰ってきたの?」
「あぁ。お前が寝てしまったからな。タクシーで送ってきたんだ」
「そうだったんだ」
不意打ちで、光輝が腕を引っ張ってきたため、柴田は体勢を崩してしまった。
光輝の上に倒れ込むと、頬に彼の唇が触れる。
「ありがと、俺の龍二さん」
「バ、バカ!びっくりしただろ」
「へへ。でも、なんか幸せだよ」
光輝の腕が柴田をギュッと抱きしめてきた。
「そうかよ。酔っ払ってるからじゃないのか?」
「龍二さんと一緒だからだよ。ね、このまま寝てかない?」
「そうしたいとこだけど、やめとく」
「え~何で?」
「ますますお前と離れたくなくなるから」
これ以上、光輝を好きになったら止まらなくなってしまう。
既に日付は変わっているが、今晩は外泊を止めておこう。
「まだ一緒にいたいのに……」
「お前どうせ寝てただろ。ちゃんと寝ろよ」
光輝の腕が緩んだ瞬間に、柴田は彼から身を離した。
「え、ホントに行っちゃうの?」
眠たそうな目をしながら、光輝は子供のように問いかけてくる。
「あぁ。またな」
ベッドから降り、柴田は部屋を出ていった。
それから数日後、大阪の医師が上京してきたため、初めて会うこととなった。
院長室にやってきた人物は、穏やかそうな雰囲気の眼鏡をかけた男だった。
槙田というその医師は、妻子と共に大阪から越してきたという。
本来であれば内定を受けてから引っ越しをするものかもしれないが、住まいの契約の関係で早めに来たらしい。
「初めまして。槙田と申します」
多少緊張気味の槙田が頭を下げた。
「初めまして。院長の柴田です。お掛けください」
柴田に促されると、槙田は応接セットのソファに腰掛けた。
それから十五分程、槙田がこれまで行ってきた施術や得意分野などについて確認を行った。
話しやすく、誠実そうな男だと感じた。
大阪にいたのに関西訛りがないのは、元々関東育ちだからのようだ。
標準語も難なく話すことができるのだと言う。
「分かりました。問題はありませんね」
少しだけだが、話をしてみて医師としての力量や人柄を測ることができたと思う。
履歴書についても申し分がなかった。
きっと会長も気に入るだろう。
「念のため会長にも話を通しますが、今後、ぜひYTメンズクリニックで働いていただきたいと思います」
「あ、はい。ありがとうございます」
「まぁ、私は辞めることになっているのですが」
柴田が苦笑すると、槇田は目を丸くした。
「欠員って......先生のことだったのですか?」
「えぇ。そうなんですよ」
「そうでしたか......残念です。僕、先生に会ってみたかったんです」
羨望の眼差しを向けてくる槇田に、柴田は少し戸惑った。
「え?」
「以前、先生の記事を週刊誌で読みまして、先生に憧れていたんです」
憧れるということは、陽葵の書いたという記事のことだろうか。
「そうなんですか?それは、恐縮です」
柴田は『その後の記事は読んでいないのか?』と思ったが、わざわざ言うことではない。
陽葵が書いてくれたという記事は柴田を褒め称えるものだったものの、その内実は欲に塗れ
ドス黒い面があった。
確かに美容外科医としての腕は持っていても、そんな部分ばかりではないのだ。
槙田としても、柴田がいなくなるからと言っても、今さらYTでの勤務を断るわけにはいかないようだ。
「先生にお会いできて光栄です。一緒に働けないのは他でも頑張ってください」
純粋な瞳で言われると、「ありがとうございます」としか言えない。
「では、後日詳細についてまたご連絡しますので、これからよろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
立ち上がった槙田は、頭を下げて帰っていった。
その日、会長に槙田の履歴書や印象を告げると、「君が良いと思ったなら、ウチに来てもらおう」と言ってくれたので、柴田は胸をなでおろした。
もうすぐ冬も来るし、年度内に決着をつけたいと思う。
日々の診療で忙しい中、離婚の準備や引継ぎなどでより多忙になった。
そのため、光輝と会える時間は余計に減ってしまった。
彼の方もドラマの仕事が入り忙しくなったのもあるが、仕方がない。
新たな日々を実現させるためには必要な時間だと思う。
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