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第37話
翌週の水曜日、勤務時間が終わるとすぐに帰り支度をしてクリニックを出た。
細谷との食事の予定があるからだ。
食事の場所は、気楽に食べられる駅前の大衆居酒屋にした。
「お連れ様は、既においでになっています」
店に着くと、既に細谷は席で待っているという。
待ち合わせ時間にはまだなっていないが、律儀だなと柴田は思う。
店員に促され、細谷の待つテーブルに向かう。
柴田の姿を見つけると、細谷は満面の笑みを浮かべた。
それでも、柴田が近づくと緊張感も漂わせた。
「柴田さん」
「お待たせしました。早かったですね」
「いえ、僕もついさっき来たところです」
はにかんだ笑顔も可愛い。
ホッコリとした気分で、柴田は着席した。
「そっか。今日は好きなもの頼んでください」
「ありがとうございます。先生とお食事できて凄く光栄です」
キラキラの笑顔で言うと、細谷はメニューに目を通す。
知り合ってさほど経っていないが、人懐っこくて人の懐に入るのが上手だと思う。
光輝のいない日々は耐え難いだろうと考えていたが、細谷のおかげで淋しさは感じないだろうか。
メニューを吟味した細谷は、たこわさや焼き鳥の盛り合わせなどを注文した。
居酒屋の定番料理が好きなのだという。
運ばれてきた料理を美味しそうに食べる姿は微笑ましい。
「美味しいですか?」
自身もビールを飲みつつ尋ねると、細谷は屈託のない笑顔を見せた。
「はい!腹空いてたんで余計に美味いです」
「そう。それは良かった」
柴田もニコニコとしながら、枝豆を口に運ぶ。
「先生……お願いがあるんですけど……」
少し改まった様子で細谷が言う。
「何ですか?」
「その……僕に対して、そろそろ敬語じゃなくタメ口で話して欲しいなと思いまして……。僕の方が年下ですし」
柴田としては、細谷は職場の人間でもないし礼を尽くしていたつもりだったが、細谷にしてみれば距離を感じていたのだろうか。
「あぁ……そうか。できるだけ、慣れるようにするね」
これまで敬語で話していたから突然タメ口になるのは難しいが、自然に話せるようにしようと柴田は思った。
「あの……柴田さんて恋人いるんですよね」
「え?」
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったので、柴田は大いに驚いた。
「あ、すみません……報道で見たものですから。あれって、柴田先生のことですよね」
躊躇もなく言われ、柴田の心がざわついた。
和やかな雰囲気だったが、まさかそんな話題を出されるとは。
「どうしたの?突然……」
訝しく思いながら、柴田は心を平静に保ちつつ尋ねた。
「あ、いえ……ただ気になっただけです。忘れてください」
慌てながら言うと、細谷はシュンとしょげてしまう。
そんな細谷の様子を見て、柴田もどうするべきか困ってしまった。
『まさか......俺に興味があるのか?』
何となくそう感じたけれど、心の中で打ち消した。
報道されたとはいえ、医師としては有り難いことに続けられている。
しかし、そんな騒動の渦中となった自分に興味を持つ人間などいるはずがないだろう。
「そんな顔しないで、楽しく飲もう」
意識して笑顔をつくり優しく言うと、細谷はホッとしたように頷いた。
「そうですよね!変なことを聞いてしまいすみません」
柴田は目の前の男が、ゲイなのだろうかと一瞬でも疑った自分を恥じる気がした。
それから酒が進み、気付けば既に日付を跨いでいた。
「あっ、もうこんな時間か......電車が終わっちゃう......」
細谷は相当飲んでいたが、かなり酒に強いらしい。
べろんべろんになるまで酔っていないから。
「そろそろ帰ろっか。タクシーで送っていくよ」
「あ、終電にまだ間に合うんで大丈夫ですよ」
「でも......」
年上ということもあり、柴田としては送ってやりたいという気があるのだ。
細谷は家を知られるのを危惧しているのだろうか。
「あ、ほら。先生とは家が逆方向じゃないですか」
細谷が断ったのは、それが理由だろうか。
「そか。じゃあ、駅まで一緒に行こう」
「はい!」
本当は二次会にも行くだろうかと予想していたが、一軒だけで長居をしたから大人しく帰ることとする。
「今日はごちそうさまでした。美味しかったです」
約束通り柴田が料金を払い店を出ると、細谷は深々と頭を下げてきた。
「いやぁ、いいんだよ。まぁ、普通の居酒屋だけど、喜んでくれたなら嬉しいよ」
「僕、こっちに飲みに行く相手とかあまりいないですし、嬉しいんですよ」
「あれ、細谷さんってどこ出身だっけ?」
「九州の熊本なんですよ」
「あぁ、そうだったね」
前に一度聞いていたのを柴田は失念していた。
「運良くこっちでMRになれましたけど、なかなか新しく友達づくりをする余裕がなくて」
「大人になるとそうなるよなぁ。俺もそうだったよ」
実際は患者の男たちを食い物にしていた柴田だが、”友達”と呼べる相手は多くはない。
本当は、心は満たされずぽっかりと穴が空いていたのかもしれない。
「え、そうだったんですか?」
細谷は意外そうに目を丸める。
「まぁね。でもこれからは、俺が君の”友達”になってもいいかな?」
本当なら、医師がMRと友達になるということは良いのかどうか分からない。
それに、柴田としては”同性の友達”になりたいと純粋に思っただけだ。
他意はなかった。
「えっ!?先生がですか!?」
細谷が驚くのも無理はない。
しかしその表情には嬉しさも滲んでいるように見える。
「うん。俺で良ければ」
本当に、本当に他意はない。
「嬉しいです。まさか、先生からそう言っていただけるなんて思わなかったです」
「いや。俺も新たな友達ができて嬉しいよ」
話をしながら歩いていたら、いつの間にか駅に着いていた。
「話していたら直ぐでしたね」
「そうだね。後は大丈夫?」
「はい。今日はありがとうございました。僕はこっちなので、これで失礼しますね」
「俺も楽しかったよ!またね」
柴田にしては珍しく手を振ると、細谷は一度会釈をしてからホームへと去っていった。
『さて、俺も帰るか……』
光輝がいなくなってから、久しぶりに楽しい時間を過ごしたような気がする。
しかし光輝のことを思い出すと言いようのない淋しさが襲ってきた。
『どうしてるんだろう……アイツ……』
そういえばこの頃、光輝の情報をメディアで見かけない。
以前ならドラマの予告がCMで流れていたものだが、それも最近はない。
『まさか……活動辞めたのか?』
そんなことを考えながら、柴田はホームへと足を向けた。
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