38 / 38
第38話
秋になり、柴田は細谷の自宅に初めて招かれた。
知り合って随分経つが、招いても良いと思ってくれたということだろうか。
細谷の家は柴田の家から電車で二十分の距離にあるという。
柴田は休日に、電車で細谷の家に向かった。
車で行けば簡単だが、自宅の周辺に駐車できる空きスペースがないと言われたのだ。
細谷が住んでいるのはワンルームマンションの七階なのだという。
到着したマンションは割と静かな立地となっているが、コンビニなどの店舗もあり暮らしやすそうだ。
落ち着いた場所が好きな柴田はこんなところに住みたいなと思った。
部屋に入ると、縦長だが白に統一された壁の清潔感のある空間となっていた。
「へぇ……綺麗にしてるんだなぁ……」
若い男の一人暮らしにしては、ずいぶん片付いている印象だ。
「柴田さんが来るので、一生懸命に掃除したんですよ」
はにかみながら言うので、細谷が健気に感じられた。
「そうだったのか。それはありがとう」
柴田が笑顔を向けると、細谷は顔を赤く染めた。
「あっ、どうぞそこに座ってください」
「うん。ありがとう」
促されるままに、柴田は窓側近くのソファに座る。
テーブルを挟んだ向かい側にはテレビが置かれていて、寛ぐのにぴったりだと思う。
三分ほど経ち、二杯のコーヒーを持った細谷が戻ってきた。
「今日は、来ていただきありがとうございます」
「こちらこそ、招いてくれてありがとう。俺の方から招くべきだったんだけど……」
「とんでもないですよ。先生がうちにいるだけで、ドキドキです」
細谷はカラカラと笑った。
「ハハハ。大袈裟だよ。俺なんてどこにでもいるただの医者だよ」
柴田が笑い飛ばすと、急に細谷の顔が真剣さを帯びた。
その表情は怒ったようにも見える。
「そんなことありません。先生は素敵な人だと思います」
「細谷さん……」
「あ、いや……男から見てもカッコいいなって」
少し俯いた細谷の顔は、耳まで真っ赤だ。
「なかなか言われることないけど、そうかな。ありがとう」
「……」
細谷は何か言いたそうな顔をしていたが、笑顔に戻った。
「実は今日は、先生に相談したいことがあるんです」
「何?」
「僕、MRになって三年目ですけど……医師を目指したいなと思ってるんです」
「え、どうして?頑張ってるのに」
柴田から見ると、細谷は人当たりも良くMRの仕事を誠実に行っていた。
仕事に不満があるような気配もなく、生き生きとしていたように見えるのだが。
「今の仕事自体には不満がないんです。でも……クリニックにお邪魔したりして、自分が医師になって携わってみたいと思ったんです」
そんな風に彼が考えていたとは、少しも思わなかった。
「まぁ……柴田先生のようになりたいと思ったのが大きかったかもしれません」
照れながら言う細谷に、柴田は大いに驚く。
自分はそこまで尊敬されるほどではないと思うから。
「でも、俺は美容外科だし……外傷の外科医とかとは違うんだけどね……」
「分かってます。でも、美容外科医も立派な医師です。患者たちを幸せにしてるじゃないですか」
『それはそうだけどなぁ……』と柴田は内心呟き、細谷の突然の告白を頭の中で整理する。
「僕、今二十五ですけど……これからでも目指せるでしょうか」
「うーん……希望は美容外科なの?」
「はい。僕、手先は割と器用な方だと思います」
「ハハ。それは大事だよね。君が本気なら、トライしてみても良いんじゃないかな。お金はかかるかもしれないけど」
「そうですよね。あと、大学入るにしても試験に受からないといけないですからね」
「そうだよ。頑張って」
今の仕事を辞めてまで、医師になりたいというなら応援するしかないだろう。
「ありがとうございます。それで……もし良ければ勉強を教えてもらえればと思って」
「俺が!?」
「やっぱり……それは迷惑ですよね。すみません」
慌てて謝る柴田の顔は、またも赤くなった。
「まぁ、診療のない日とかならいいよ」
柴田としても、”友達”であり弟のような存在の細谷を無下にはできない。
「本当ですか!?」
「うん。新たな道を見つけた君を応援するよ」
「ありがとうございます!凄く嬉しいです」
本当に嬉しそうな、キラキラした目で言われると
「大したことではないよ。でも、できる限り力になるから」
「はい。あ、コーヒー冷めちゃいましたね」
話をしていたので、二人はほとんどコーヒーに口を付けていなかった。
細谷は「入れ直します」と言ったが、柴田は「大丈夫だよ」と断った。
「本当は、先生に近付きたくて……医師を目指そうと思ったんです」
「え?」
更なる突然の告白に、柴田は目を丸くする。
まさに青天の霹靂だ。
ともだちにシェアしよう!

