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第39話
いや、細谷の想いを少し気付いていたが気付かぬふりをしていたのだ。
「先生の彼氏って……俳優の神崎蓮なんですよね……」
「う、うん……」
『今は付き合ってるって状態じゃないけどな』と心の中で柴田は呟いた。
「僕、先生が好きなんです。迷惑なのは分かってます。でも、抑えられなかった……」
「細谷さん……」
細谷にかける言葉が思いつかない。
「先生は、今も彼を愛してますか?僕には入る余地はありませんか?」
「正直に言うけれど、今アイツとは連絡を絶ってる。あんな報道があったからね。まぁ、俺に責任があるんだけど。アイツは時が来たら戻ってくると言ってるんだ。俺は、それを待ってる。今でも愛してるから」
「はい……」
「君は俺の仕事の関係者で友達だ。弟のように思ってる。でも、アイツの代わりにはなれない」
冷たいようだが、こう言う他なかった。
「そう、ですか……」
細谷はがっくりと項垂れた。
「ごめんね。ごめん……やっぱり、俺が傍にいたらダメなのかもしれないな」
「そんな……僕はただ……傍にいられるだけで良かったんです……」
細谷の肩が震え、声は涙声になっている。
「本当は……気持ちを伝えるつもりなんて、なかったんです。ごめんなさい。僕がいけないんです」
「こんな状態だと、君の応援をすること難しいと思う」
「え……」
柴田を見つめる細谷の目には、涙が溜まっていた。
「ちょっとさ、俺たちは距離を置いた方が良いと思うんだ」
「それって……」
「気持ちを落ち着ける期間を設ければ、またこれまでみたいに会うことができるかもしれないからさ」
そう提案した時、細谷の顔には絶望の色が滲んでいた。
その後、柴田は細谷を宥めてから部屋を出た。
細谷の様子が気になったが、柴田としてはこうすることしか思いつかなかったのだ。
数日後、クリニックに見慣れない男がやってきた。
「すみません。サクラファーマコーティカルの者ですが」
細谷の勤める会社のスタッフだった。
なぜ細谷ではないのだろう。
「あー、はい。お世話になっております。あの……細谷さんは……」
柴田は胸騒ぎを覚えた。
「細谷は担当が変わりまして、今後は私がお伺いします」
「そうですか……あなたは?」
「申し遅れました。私は佐野と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「医師の柴田です。よろしくお願いします。ところで……細谷さんはなぜ担当を変わったのですか?」
薄々は気付いていたが、どうしても気になる。
きっと、柴田に顔を合わせ辛いのだろう。
「細谷の方から、他に変えて欲しいと言ってきたものですから……その理由は、私には分かりかねますね」
「そうでしたか……。細谷さんの様子はどうですか?」
「まぁ、仕事は差し支えなく行っていますが、以前のような元気は見られないかもしれません」
それを聞いて、柴田は気持ちが重くなる。
自分のせいで相当に落ち込んでいるらしい細谷を、どうしてやることもできないのだろうか。
仕方のないことだが、罪悪感が募る。
「理由を話してくれないので、周りの社員は心配しています。まぁ、私が話すことではありませんが……」
「いいえ。伝えていただいてありがとうございました。細谷さんにはこちらもお世話になっていたので、心配です。早く元気になれば良いのですが」
距離を置こうと細谷に言ったことを、柴田は少し後悔した。
「そうですね」
「あ、立たせたままにしてしまい申し訳ありません。こちらへどうぞ」
柴田は佐野をデイルームに案内し、十五分ほど薬剤などの話をした。
それから二日後、それは起きた。
その日の柴田は休みだったため、家でソファに寝転がりながらテレビを見ていた。
『退屈だなぁ』と思っていると、テーブルに置いた携帯電話が鳴る。
表示を見ると、それは細谷からだった。
『どうしたんだ?一体……』
僅かに不審に思いながら、柴田は電話に出た。
「細谷さん……?」
尋ねると、か細く弱弱しい彼の声が聞こえる。
「先生……今までありがとうございました……迷惑かけてごめん、なさい……」
「え!?どうしたの?大丈夫!?」
「もういいんです……でも、最後に先生の声を聞きたくて……」
柴田に突き放されても、縋りたかったのだろうか……。
「細谷さん?一体何言ってるんだ?」
「……さようなら……」
それを最後に、細谷の電話は切れてしまった。
柴田の胸は激しく動悸がして、ただ事ではないと判断した。
再度細谷に電話をかけてみたが、繋がらない。
心配が募った柴田は、慌てて自宅を飛び出した。
電車で細谷の家に到着するまで、気が気ではなかった。
ずるいかもしれないが、恋人にはなれなくても友としては好きだから。
そもそも彼が家にいるのかどうかも定かではない。
しかし、家にいて細谷が来るのを待っているような気がした。
細谷の部屋に辿り着くと、チャイムを押してもドアを叩いても反応がない。
事情を話し管理人にカギを開けてもらった。
部屋に入ると、細谷はぐったりとしてソファに凭(もた)れるように倒れているではないか。
彼の傍には空の瓶が転がっているのが見える。
「細谷さん!!」
細谷を抱き留め呼びかけても、反応はなかった。
この事態に、管理人はオロオロするばかり。
柴田は管理人に向かい「早く!救急車を!」と叫んだ。
細谷は意識こそないが、息はしているようでその点は安堵した。
それから五分ほどで救急車がマンションに到着し、細谷が運ばれるのに柴田も付き添うことにする。
「あなたは?この方のご家族とかですか?」
「いえ、友人です。ご家族は九州にいると言っていました」
「そうですか。では、乗ってください」
柴田が救急車に乗るのは初めてだったが、細谷が助かるかどうか心配でならなかった。
『どうか……助かってくれ……』
幸いにも道路渋滞もなく、細谷たちを乗せた救急車は一番近い大病院に運ばれた。
柴田が研修医をしていた病院で、知人の医師もいる。
ストレッチャーに載せられた細谷とともに救急外来へと急いだ。
すると、葉山という知り合いの医師がいた。
「あれ、柴田先生?」
「葉山先生!お久しぶりです」
「どうしたんです?」
穏やかな表情だった葉山の顔が一気に真剣さを増した。
「友人が薬を大量に飲んだようで、意識がありません」
「分かりました。治療を行いますので、お待ちいただけますか?」
「はい。よろしくお願いします」
柴田が頭を下げると、細谷は集中治療室に運ばれていった。
友人である細谷がこんな事態になってしまったのは、柴田としても責任を感じる。
あの時、細谷にどうやって返答するのが正解だったのだろうか。
後悔の念が押し寄せてくるが、無事に助かることを祈ることしかできない。
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