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第40話
三時間が経ち、廊下の長椅子に座り待つ柴田のもとに、葉山がやってきた。
「無事治療が済み、意識も戻りましたよ」
「本当ですか!?ありがとうございました」
柴田は安堵し、葉山に頭を下げた。
「ところで、患者さんのご家族は?」
「九州出身だそうで、都内にはいないらしいです」
「そうなんですか……。今回は助かりましたが、しばらくは様子を見てあげた方がいいかと……」
「えぇ……。そうですよね……。」
「落ち着いたら、帰宅しても問題ありません」
「ありがとうございます。あ、顔を見てもいいですか?」
「はい。どうぞお入りください」
葉山に会釈をすると、細谷の横たわるベッドに向かう。
「細谷さん……」
呼びかけると、細谷はスローな動きで柴田の方に目を向けた。
意識は戻ったとはいえ、まだはっきりとはしていないのかもしれない。
「あ……柴田先生」
「大丈夫?」
「はい……。すみません……ご迷惑をおかけして……ずっと待っててくれたんですよね?」
「いや、まぁ……もしかして……こんなことになったのって……俺が原因とか……?」
そう問うと、細谷は少し口を噤んだ。
「先生を悪く言いたくはないですけど……。正直言うと、そうなりますね……」
細谷はゆっくりと身を起こした。
「え、起きて大丈夫なの?」
「はい。僕は……気持ちが届かないことは分かっていました。だから、友達でもいいから傍にいたかっただけなんです。でも、距離を置こうと言われてショックだったんです」
細谷が絞り出した言葉は、柴田の想像していた通りだった。
「そうだったんだね。ここまで苦しませてしまい、本当にごめん」
柴田は弱々しく涙を流す細谷を抱きしめた。
「先生……」
細谷の肩が震えている。
そして細谷の身を離すと、柴田は彼の目を見つめた。
「俺が、君の”家庭教師”になってもいいのかな」
「勉強、教えてくれるんですか?」
「うん。君を応援しているのは本当だし、もし君が良いなら。ぜひそうさせて欲しい」
「ありがとうございます」
その後、ある程度体調の戻った細谷は帰宅していった。
それから柴田は、毎週日曜日の午後に二時間ほど細谷の勉強をみている。
最初は柴田が細谷の家に通うことを提案したのだが、細谷から柴田の家に行っても良いかと言われたため、柴田の家で教えているのだ。
「やっぱり、受験勉強って難しいですね。もう忘れてしまっています」
「でも、細谷さんは飲み込み早いと思うよ」
「え、本当ですか??」
「うん。俺が出した宿題もほとんど間違いないし。優秀だよ」
柴田が褒めたところ、細谷は顔を赤らめた。
「先生に褒められると嬉しいです。モチベーションも上がりますね」
「はは。それは良かったよ。この調子だと、来年の受験には間に合うんじゃないかな。今度は無理でもさ」
「でも、あと一年って長いですよね」
そう言う細谷の顔は、どこか寂しそうだ。
「頑張れ、君ならできるから」
「はい」
「あ、もう六時半か……今日は時間長くかかっちゃったな」
「そうですね。すみません。それじゃ、僕はこれで……」
細谷が荷物を持ち立ち上がろうとすると、柴田は引き止めた。
「ねぇ。ウチで飯食っていかない?腹減ったしさ」
柴田がそう言うと、自身のお腹がグゥと鳴る。
恥ずかしい柴田はポリポリと人差し指で頬を掻いた。
「あはは。そうですよね。僕もお腹空いたかもです」
「忙しくて買い物にちゃんと行けてなくてさ、食材とかないんだ。出前でも良ければなんだけど……」
本来なら手料理でもご馳走すべきかもしれないが、これから買い出しに行ったりするのも面倒なのもある。
それだけでなく……。
「今日は、せっかくだから君と食べたいなと思って。どうかな?」
「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
「手料理じゃなくてごめんね」
柴田は苦笑したが、細谷は笑顔で首を横に振った。
「そんなことないですよ。一緒に食べれば楽しいですし、美味しいですよね」
「うん。君は何が食べたい?」
「そうですね……ピザが好きです。最近は食べれてないんですけど」
「そっかー。それじゃ、ピザをデリバリーしようか。俺も好きだし、奢るから」
「え、いいんですか?」
「もちろん」と柴田が頷くと、「ありがとうございます」と細谷は目を輝かせて頭を下げた。
彼がすっかり元気になったようで安心する。
「何がいい?」
「そうですね……四種類のやつとかどうですかね」
どうやら、細谷とはピザの好みが同じらしい。
ネットで注文したピザを、二人で楽しく堪能した。
「美味しかったですね」
「うん。でも、酒なしになってごめんね」
ピザを注文した後で、家に酒が何もないことに気が付いた。
「買ってくる」と慌てて言ったものの、細谷に止められたのだった。
「いいえ。お酒を飲まない夜もいいですよね」
フォローされたようで、柴田としては少し恥ずかしい。
「まぁね。今度はビールなりワインなり揃えておくよ」
「ありがとうございます。僕、そろそろ帰りますね」
「あ、ちょっと待って。酒飲んでないし、俺が送っていくよ」
「え、でも……」
柴田の申し出に、細谷は喜ぶというより戸惑ったようだ。
「俺がそうしたいんだ。送らせてくれないか」
「それじゃ、迷惑でなければお願いします」
「よし。じゃあ行こうか」
「あっ、片付けは……」
細谷が慌てて言うが、柴田は「気にしないで」と彼の手を止めた。
マンションの地下にある駐車場に行くと、柴田自慢の黒いスポーツカーが出迎えてくれた。
この車は、YTメンズクリニックにいる頃に、院長としての威厳を保ちたくて購入したものだった。
それでも今では、馴染んでお気に入りとなっている。
「すご……」
柴田の愛車を目にした細谷は目を丸くする。
「カッコいいですね。美容外科医って儲かるんだなぁ……」
細谷が感嘆する。
素直な気持ちから出た言葉だろう。
「ありがとう。でも、コレ買うのに結構無理したかも」
「え、そうなんですか?」
「まぁね。さぁ、乗って」
車に乗り込んだ細谷はより緊張をしてしまったようだ。
高級車に乗るのは初めてなのだという。
暗闇の町並みを、柴田の車が進む。
「乗り心地も最高ですね。家の親の車だと、なんか落ち着かなかったんですよ」
「そうなの?細谷さん、免許は?」
「ありますよ。でも、車はまだ買ってないんです。なんか、こっち来たら電車とかあるしな、と思って」
「なるほどね。俺もそう思ってたな」
「へぇ〜。僕もこういう車に乗れるようになりたいです」
「あんまり乗ってないと、ペーパードライバーになっちゃうからな」
柴田が軽く笑うと、細谷も「ですよね」と笑った。
「……ところでさ。うちのクリニックにはもう来ないの?」
柴田の問いに、細谷は一瞬答えに詰まったようだった。
「はい……。会社に一度変えてもらったので、残念ですけど難しいですね」
「そっか……」
「早まったことをしたなと思ってます」
「まぁね。でも、こうして会えてるからさ、いいんじゃないか?」
それでも柴田は、いずれ光輝が戻ってくるかもしれないという希望は捨てていなかった。
「そう、ですね」
細谷が複雑な表情を浮かべたのは、彼もその日が来るのを気にしているからかもしれない。
二人とも、抱える感情は違うけれど。
話していたら、あっという間に細谷の自宅前に辿り着いた。
「今日は、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「俺も楽しかったよ。また一緒に飯を食おう」
「はい。それじゃ、また」
細谷がお辞儀をするのを見届け、柴田の車はその場から走り去った。
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