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第41話

それから帰宅して一息つこうとソファーに座ると、テーブルに置いた携帯電話が着信を知らせた。 表示を見ると知らない番号からだった。 『誰だ?』 不審に思いながらも出たが、その瞬間に電話は切れてしまった。 知り合いではなく、間違い電話だろうか。 不可解に感じていると、柴田はふと思い当たった。 『あ……』 柴田の脳裏に浮かんだのは、光輝の笑顔だった。 もしかしたら彼からだろうかと思い電話を掛け直したが、出ることはなかった。 途端に、光輝の声が聞きたくなる。 きっと、今の電話は彼からに違いない。 そうあって欲しいと思う。 『声を聞かせてくれればいいのに……』そう思ったら、自然と涙が頬を伝った。 最近は孤独を感じることはなかったが、光輝がいない毎日は心にぽっかりと穴が開いたようだ。 柴田は、その穴に気付かないふりをして過ごしているのだ。 『アイツ……一体どこにいるんだろう……』 そんなことを考えていると、柴田は寝落ちしてしまった。 寒さが増す毎に、光輝は本当に戻ってくるだろうか、戻ってきたならどんな顔で会えばいいだろう、そんなことばかり考えてしまう。 クリスマスが近付いたこの季節は、柴田にとって余計に光輝のいない寂しさを増幅させるのだ。 街を歩けばクリスマスソングが流れ、カップルたちが行き交う。 やはり本音で言えば、柴田も光輝とクリスマスを過ごしたかった。 しかし、愛しい相手はどこにいるのかすら分からない。 『空しいな……』 クリスマスは来週に迫っているが光輝が戻ってくる気配はないし、だからといって細谷と過ごすのも違うような気がする。 とはいえ、”友達”として飲みに誘うことくらいは問題ないだろうか。 そんなことを考えていたら、細谷を誘わないままあっという間にクリスマス・イブになった。 沈んだ気持ちのまま、柴田は通常通りに勤務していた。 心なしか、患者の数は少ないようだ。 午後六時前、診療が長引くこともなくその日の業務が終わった。 『終わったか……』 今晩は街に出ればカップルで溢れているはず。 それに、家に帰ったとしても一人だ。 細谷を誘うべきだっただろうかと、半ば後悔する。 細谷はもしかしたら誘って欲しかったのかもしれない。 『やっぱり、今からでも誘おうか……』 診察室でそう考えた時、携帯電話が鳴った。 もしかしたら細谷からかもしれないと思い表示を見ると、以前のように知らない番号からだった。 『まさか……』 あの人かもしれないと、など柴田の直感が働く。 早打ちする鼓動を落ち着かせて電話に出た。 「はい……」 『龍二さん?』 聞こえてきたのは、一番聞きたい相手の声だった。 柴田を「龍二さん」と呼ぶのは、彼くらいしかいない。 「光輝?光輝なのか!?」 柴田にしては珍しく動揺した。 こんなタイミングで電話がかかってくるとは思わなかったのだから。 『そうだよ。元気だった?』 「まぁ、それなりに……」 言いたいことは山ほどあるのに、何を言っていいのか分からなくなる。 『待たせて、ごめんね。これから、会えるかな』 「え、え?お前、今どこにいるんだよ」 頭が混乱して思考が追いつかない。 『俺、都内にいるんだ。龍二さんは、あの後引っ越したんでしょ?今も都内にいる?』 「あぁ。そうだけど……なら、家に来るか?」 『え、いいの?』 「あぁ。待ってる。」 『ありがとう。それじゃ、この電話番号に住所送って』 「分かった。三十分くらい後に来てくれ」 何ともそっけない対応だったと、電話を切ってから思った。 突然のことで、何が何だかさっぱり分からなかったのだ。 手早く住所を送り、柴田は職場を後にした。 マンションのエントランスに着くと、既に光輝が待っていた。 ラフな格好でキャップを被っている。 一応は、周囲の目を気にして変装しているようだ。 以前なら、あまり見ることのなかった服装だった。 また光輝の手には、食料などが入っているらしい袋が下がっている。 「光輝……?」 近付き呼びかけると、光輝はこちらを向いた。 柴田の姿に気付くと、嬉しそうに微笑む。 「改めて、久しぶり」 「あぁ。お前、食べ物買ってきてくれたのか?」 「うん。一応イブだしね。何かあった方がいいかなと思って」 確かに家にあまり用意はなかったはずだし、光輝は気が利いている。 「サンキュ。俺が持つよ」 「え、いいよ」 光輝は断ったが、柴田はそれとなく彼の手から袋を取った。 特別にロマンチストというわけではないが、この日に戻ってきてくれたことが何より嬉しい。 「俺が持ちたいんだ」 「じゃ、分かったよ」 「取り敢えず、部屋に行くか」 「う、うん」 柴田の淡白な態度に、光輝が戸惑っているようだということは分かった。 柴田としてもすぐにでも光輝に触れたかったが、エレベーターの中ではお互いに口を開くことすらなかった。 一度口を開いてしまえば、抑えている感情が溢れてしまうかもしれない。 エレベーターの中には監視カメラが設置されているし、滅多なことはできないから。 部屋に入るとすぐに、柴田の頬に両手を添えて光輝が唇を重ねてきた。 その反動で、柴田は持っていた袋をドサっと床に落としてしまう。 「ん……」 光輝のキスを受け入れたら、抑えていたものが一気に溢れた。 「お帰り……」 そう言うと、柴田は光輝を抱きしめた。 「ん、ただいま」 光輝の腕も、柴田の背中に回ってくる。 「やっぱり……お前の腕の中が一番落ち着く」 「俺もだよ。ずっとこうしたかった……」 しばらく抱き合った後、袋に入った食料をキッチンに置き、二人でリビングソファに座った。 「こんなに待たせて、ごめん」 「いや……。でも、どこで何してたんだよ。これまで」 「事務所退社して……。福岡の劇団に所属させてもらってたんだ」 「ふ、福岡!?」 そんな遠くに行っていたとは知らなかった。 知人の伝手で在籍させてもらったのだという。 「劇団の人たちには、良くしてもらったよ。色々学ばせてもらったし。龍二さんはどうしてたの?」 「俺は、離婚して違うクリニックで働いてるよ」 「そっか……元気で良かった……」 「それはこっちのセリフだよ。……俺たちって、今も恋人同士なのか?」 「龍二さん……これまで本当にごめん。俺のせいで……。一度離れるしかなかったけど、気持ちは変わってないよ」 「俺も……お前をずっと待ってたよ」 「それ本当?浮気してない?」 光輝が疑いの目で見てくるので、柴田は困惑した。 真っ直ぐに吸い寄せられそうな目で見詰められると、余計に心拍数が上がってしまう。 「あ……当たり前だろ……そう言うなら、お前はしてないんだよな?」 聞き返すと、光輝は穢れの無い目で「もちろん」と言い頷いた。 ただ柴田には、光輝に言っておかなければならないことがあった。 「あの、さ……お前に話すことがある」 「何?」 光輝の顔に怪訝な色が滲んだ。 「クリニックに、MRの男が来てたんだ。薬の営業をしているヤツ。そいつが俺に懐いてきて、勉強を教えてるんだ」 「は?勉強?」 「あぁ。医師になりたいって、大学目指すらしくて」 「何で龍二さんが!?良く分からない」 「まぁ、良くしゃべってたし懐いてたからじゃないか?」 柴田の返事に、光輝は顔を曇らせた。 それに気付き、柴田は光輝に唇を重ねた。 「あいつにはこんなことはしない」 「龍二さん……」 光輝の両肩に柴田が手を乗せて耳元に顔を寄せる。 「俺は、お前にしか興味ないからな」 過去には、患者たちに対して不誠実な振る舞いをしていたことがあったが、光輝には誠実でいたかった。 「うん……」 「お前が戻ってきたなら、あいつと会うのはやめるから」 慕ってくれている細谷には申し訳ないが、仕方ない。 「いいの?」 「あぁ。お前がいるのに、違うやつと会うわけにはいかないからな。まぁ、いない間も他の男と会ってたのは悪かったと思ってる」 「本当に?」 光輝が抱きしめてきた。 柴田が抱き返すと心なしか、以前より少し彼の体つきが良くなったように感じられる。 「本当だ。別に浮気してたわけじゃないよ」 「うん。分かってる」 「もう。絶対に離れないぞ、俺」 抱きしめる腕に力を入れると、光輝も腕の力を強めてきたのが分かった。 「いいよ。俺も、龍二さんを思いっ切り甘やかすから」 「そんなこと言っていいのか?」 「うん。あ、でも、浮気は許さないけど」 冗談と本気が混在したその言葉に、柴田は思わず笑った。 「しないって」 この男の腕の中は、どうしてこんなにも心地よいのだろうと思う。 このぬくもりを感じられるなら、それで良い。

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