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第43話
そして翌朝、先に目覚めた柴田は光輝を起こした。
「そろそろ起きろよ」
声を掛けたが、起きない。これは想定内だ。
「う......ん......」
彼を揺すっても、起きる気配はない。
色々あって、疲れているのかもしれない。
そう思った柴田は、もう少し寝かせておくことにした。
朝食を用意していると、寝ぼけた様子の光輝が姿を表した。
こんな顔を見るのは、本当に久しぶりだ。
「おはよう」
「あぁ、おはよう。起きたか。良く寝れたのか?」
「うん。おかげさまでぐっすり寝たよ。ありがとう」
「そうか。なら良かった。朝飯食おう」
柴田が提案すると、光輝は満面の笑みを見せた。
「え、隆二さんがつくってくれたの?」
「もちろんだろ。まぁ、豪勢なもんじゃないけどな」
「嬉しいよ。凄く」
光輝に微笑まれて、柴田は顔が赤くなる。
彼に微笑まれると照れ臭いのだ。
「さ、早く座ろうぜ」
「うん!」
二人でトーストやサラダ、スクランブルエッグなどを食べたが、やはり光輝が一緒だと格別だ。
「何か、いつもより美味しく感じる」
そう呟くと、光輝が「俺と一緒だから?」と言って笑った。
図星を指された柴田は、またも顔を赤くした。
「あぁ、そうだよ」
その答えに、光輝は一瞬目を丸くした。
「あれ。何か素直だね」
「そうか?......あのさ、お前に言っておきたいことがあるんだ」
「なに?」
「今日、細谷さんと会ってこようと思うんだ」
柴田の言葉に、光輝は訝しそうな顔をする。
「細谷さん?誰だっけ」
「ほら、俺が勉強教えてる人」
「あぁ……でも、何で会うの?」
光輝の顔は、少し歪めて不快そうな表情を浮かべていた。
「お前が戻ってきたから、もう教えられないって言うんだよ」
そう告げると、光輝はコーヒーを一口飲み呼吸を整える。
「会わないで!って言いたいところだけど……教えてあげればいいのに……。俺は平気だし……」
「気にするなよ。いいんだ。俺がいなくても出来るヤツだし、けじめつけなきゃいけないだろ?」
「けじめって何だよ」
「お前がいるのに、他の男と会ったりできないだろ。別にやましいことはしてないけどな」
「恋人がいたって、友達くらいいるだろ?変なことしてないなら、俺本当に気にしないから……」
そうは言っているが、光輝は不服そうだ。
「俺、お前に関して器用じゃないから」
本当に愛する相手がいる柴田は、男の友人がいたとしても愛する人に誤解されたくないのだ。
「どういう意味?」
「細谷さんが、俺を好きだって言ってたことが気になるんだ。だからこそ、お前がいるのに
これ以上は会えない。今まで会ったりしていて、お前には本当に悪かったと思ってるよ」
「そうだったんだ……分かったよ。俺は今日、事務所探しに行くから」
光輝は、新規に所属する芸能事務所を探している最中なのだ。
簡単にはいかないが、続けるしかない。
「そっか。お前も頑張ってこい」
「ありがとう」
その後、光輝は午前十時前に自宅を出た。
あらかじめ書類を送っていて、面談をしてもらえるのだという。
午後二時になり、細谷に会うために柴田も家を出た。
電車で向かったのだが、車内では溜め息が出た。
光輝のためとはいえ、細谷に告げようとしていることを思うと、気分が重くなるのだ。
緊張しながら待ち合わせのカフェに着くと、奥の窓際の席に座る細谷が見えた。
ドリンクを買い、気を引き締めて細谷の元に向かう。
「ごめん、待たせたね」
そう言いながら、細谷の向かい側に着席した。
店内はそこまで混んでいないため、落ち着いて話せそうだ。
「いえ、大丈夫です」
今日の細谷は、緊張しているように感じられる。
何か言われるようだと勘づいていることは、柴田にも分かった。
「あんまり、硬くなんないで?楽にしようよ」
「あ、はい。そうですね」
細谷は笑顔をつくったが、やはりまだぎこちなく硬い。
苦笑いを漏らし、柴田は話し始めた。
「どう?それから勉強は」
「そうですね……仕事をしながらだと、なかなか進まないですね。社会人になってからだと、難しいって分かりました」
「そう?結構物覚え良いし、大丈夫だと思うよ」
「ありがとうございます。僕、受験するって決めたの、間違ってたかと思うこともあったんです。でも、自信をちょっと持てるような気がします」
「そか。……それは良かった」
細谷は緊張が解れたようだが、柴田は却って言うことが言いにくくなってしまったか。
「それで、本題なんだけど……」
「はい」
「これからは、君が自分で勉強をしていって欲しいんだ」
何とか言葉を絞り出したが、それを聞いた細谷は目を丸くした。
「え、それって……」
声が強張っているのが分かる。
「俺の恋人が戻ってきたんだ。だからもう、君とは会えない」
「あ、あぁ……そうなんですね」
明らかに動揺し、細谷は俯いてしまった。
「君は友達で良いって言ってくれたし、恋人も君に教えてあげればって言ってた。でも、俺はこれ以上はダメだと思うんだ」
細谷の肩が小刻みに震えている。
「君の気持ちに、やっぱり応えられないからさ。最後まで見られなくて申し訳ないし、責任感がないと思うかもしれない。でも、けじめを付けなきゃいけないと思うんだ」
「そうですか……僕が願ってもダメだってことですね」
もし柴田がいなくなれば、細谷の医師になるという志の基が崩れてしまうのではないか。
そんな懸念もあったが、細谷の表情は意外にもスッキリとしていた。
「本当に勝手ですまない」
「いいえ。大丈夫ですよ。ちゃんと医師を目指しますし、前みたいな馬鹿なことはしません」
それを聞いて、柴田は正直ホッとした。
それに気付くと、自分は本当に身勝手な男だと思い知らされる。
「うん。これからも、頑張って欲しい」
「ありがとうございます。これまで、本当に感謝してます」
「いや、俺は大したことしてないよ?」
柴田が謙遜すると、細谷は笑顔を見せた。
「そんなことないです。新たな夢ができたのも先生のおかげですし、色々教えていただきました。……でもまだ、何もお礼ができていません」
「気にしないでよ。俺は、少し手伝いをしただけだからさ」
「はい……」
身勝手だし申し訳ないが、細谷には新しい出会いがあれば良いと思う。
そう願うしかできないのだ。
店を出ると、細谷が駅まで送ると言ってくれたので、一緒に向かった。
その道中は、どちらもあまり話さなかった。
駅に着くと、柴田は口を開いた。
「ここまでありがとう。これからも、頑張って」
すると細谷は、少し考えた後に柴田の顔を見詰める。
『何だ?』
柴田がやや訝しむと、細谷に「ちょっと良いですか」と言われ人のいない物陰に連れて行かれた。
「細谷さん……?」
訳が分からずされるがままにしていると、細谷が唇にキスをしてきたのだ。
それはほんの一瞬のことで、現実に起きたことなのかさえ疑わしく思えるほど刹那の出来事だった。
「すみません。でも、最後に一つ、思い出が欲しかったんです。本当にすみません。これまでありがとうございました。どうか、お元気で」
一方的にそこまで言うと、細谷は律儀に会釈をしてから去っていってしまった。
薄暗かったので良くは見えなかったが、彼の目には涙が浮かんでいたようだ。
大人しそうに見えて、細谷は大胆なことをする。
突然のハプニングに、柴田はしばらくその場を動けなくなった。
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