5 / 6

第5話 勝負と狙い

 遼太郎とカイルは完璧なる計画を従えて王都へとやってきた。扮装はばっちりと上手くいき、ふたりはどこから見ても農奴にしか見えない様相だった。  これで大丈夫。あとは有力貴族と繋がりがある人物と片っ端から接触し、秘密裏に説得を進めていくだけだ。そう余裕を持っていられたのは、王都へ入って一時間もなかった。 「追放の身で王都へ足を踏み入れたということは、極刑を言い渡されても不服の申し立てなど受け入れられない、との自覚はおありでありますか? ……兄上」  遼太郎とカイルは今、王城のなかの王子専用謁見室にいた。  気づかれたのは変装のせいではない。デモーア男爵が裏切ったのだ、と遼太郎は強く歯噛みした。  カイルは出来うる限り慎重に人を選んでいた。しかし、善意ばかりの人間は人の悪意に鈍感なものなのだ。遼太郎はどこの世界も同じなのだな、と嬉しくもない学びを得たのだった。 「どのような罰も受けよう。しかし、彼は無関係だ。ノモーラの街で雇った本物の農奴なのだから」  カイルはの声にはこの場に似つかわしいほどの威厳が備わっていた。カイルは今、拘束されたうえで跪かされている。ここは王子の謁見室というだけあり、以前はカイルが部屋の主だったのだろう。屈辱や悲しみを抱えていたとしても、表情は凛として勇ましく、彼の胸のうちを遼太郎には読み取れなかった。 「ほう、それほど大事な御仁なのですか」  壇上の豪奢な椅子に悠々と腰掛けているのは、カイルの弟であり現在唯一の王子であるフィリップだ。見るからに悪人面、とケチつけてやりたかったが、カイルによく似た美男子だった。ただ表情は違う。傲慢ともいえるほど口の端を吊り上げ、目はにやにやと醜悪さ丸出しに歪ませていた。 「なにを……違うと申しているだろう?」 「なにをと申し上げるのはこちらです。言葉どおりに受け取れるわけがないでしょう? 兄上のおっしゃることは虚言ばかりなのですから」  フィリップは喋り方のほうも下衆のそれだ、と遼太郎は苦笑しそうになった。せっかくの美貌と美声があれじゃあ、台無しだ。などと揶揄している場合ではない。頃合いだとして遼太郎は大きく咳払いをした。   「てことは、俺は特別な人間ってことで豪勢にもてなしてもらえるんですかね?」  驚きの色で静まり返った部屋に、遼太郎は遠慮会釈なく大声で割って入った。 「なんだ貴様、発言を許可していないぞ」 「許可してないからなんなんですか? 俺を重要人物と見做すってことはタダで帰しちゃくれないんでしょ? 悪化しようがないでしょうし、猿轡を噛ませられるまで好きに喋りますよ」 「なにを……」  フィリップはわなわなと身体を震わせて、衛兵を呼びつけた。かけつけた衛兵ふたりに腕を掴まれた遼太郎だが、最初から拘束されていては、衛兵たちも対処の仕様がないらしく、戸惑った様子を見せただけだった。 「はは。兵隊を呼びつけてそれで、いったいどうするんですか? 見せしめに処刑するとか?」 「そのような野蛮な真似をするか! わたしを誰だと思っている?」  王子の威圧など、本物と何ヶ月も過ごしてきた遼太郎にとってはなんてことがあろうか。   「王子様でしょ? あのさ、希少なものを俺が持っているって話、興味ない?」    遼太郎は人から苛立ちを向けられることに慣れていた。ただし萎縮するほうのタイプではなく、叱責され、頭が働かなくなるほど抑圧されても、むしろ腹の奥に憎悪を溜め込み、脳内で五寸釘を打つくらいの気概を持っていた。 「おまえのようなどこぞの者とも知れぬやつが、希少品など持っているはずがないだろう」 「そりゃそうだ。わかりますよ。でもさ、だったら好きに探ってみたら? 八つ裂きにしちゃう前に身体検査くらいしてみてもいいんじゃない?」  遼太郎は煽るように衛兵たちへ向けて顎をしゃくった。衛兵たちは戸惑い半分の様子でフィリップに目を向け、合図があったのか遼太郎の衣服をまさぐり始めた。まずは上着のポケットだろう。予想はぴたりで、彼らはさっそく取り出した。 「なんだ、それは?」  スマートフォンだ。  召喚されたとき、いつか使えるだろうとすぐに電源を切っておいたものだ。念のためと見計らい、捕らえられた瞬間に電源を入れておいたのだった。  カイルに計画は話してある。  この世界に爆弾のようなものはないと事前に聞いていた。手のひらサイズの箱から光が放つものを見ても、不審には思われないだろうということも。カイルの判断は正解だったようだ。  興味を惹かれた様子のフィリップは衛兵に命じて持ってこさせ、スマートフォンを手に眺め回し始めた。 「右下の円を押してみてください」  遼太郎はフィリップに言い、カメラアプリを起動してもらった。素直に聞くかは賭けだったが、カイルの話でも従うだろうとの見解で、それもまた正しかったようだ。 「これは……魔法か?」 「一応は科学なんですけど、魔法みたいに見えますよね? 実体は魔力要らずで写真を撮れるものです。あ、写真ってのは、今のこの瞬間の風景を絵のように保管できるような代物で……って百聞は一見にしかずですよ。下の方にある白いボタンを押してみてください」  フィリップは面白いくらい忠実に従い、予想どおりの反応を見せた。驚きを見せるのもしかり、質問もまた投げかけてくれた。  遼太郎は答えつつスマートフォンの機能を解説し、とても便利なものであること、自分は異世界からやってきたことまで包み隠さず説明した。  フィリップは見るも前のめりになり、ばっちり興味を抱いてくれた様子で、もっと話を聞きたいと言って遼太郎を促した。 「もうぶっちゃけますけど、カイルとは他人じゃない。一緒に暮らしてるんです。異世界から来て困っていた俺を拾ってくれて、ふたりで生きていくには金が足りないからなんとかするために、王都へ来てみたんですよ」 「ほう。それはなにか? 金を寄越せとわたしを恫喝しているのか?」 「いえいえ。俺が言いたいのは、異世界から持ってきたものがまだたくさんあるってのと、カイルの城に置きっぱなしってことです。でもこのスマートフォンのように、俺が説明しないとわからないことだらけだと思うんですよね……」  実際にはたくさんあるどころか何も置いていない。あるのは現在ポケットのなかに入っている分だけだった。  カイルは召喚されたとき手ぶらだった。そのため元の世界から持ってこれたのは衣服と靴だけ。鞄は衝撃で手放してしまったようで、カイルの城中どこを探しても見つけられなかった。あったらよかったのにと悔やんだこともあったが、手持ちのものでも十分事足りそうだった。無精の遼太郎は幸いなことにスーツのポケットにあれこれと物を詰めており、スマホは無論、抑制剤や携帯充電器、財布などは揃っていた。  異世界から来たことを実感させるものがあれば十分機能する。その点スマートフォンは有用だ。第二の性が存在していたら抑制剤も交渉材料にできたかもしれないが、別世界だったのだから仕方がない。 「なにが望みだ?」 「ゲームをひとつ、俺とやってみませんか?」 「ゲーム?」 「カードを使ってできる、ちょっとしたやつです」  カードでの遊戯は遼太郎が元いた世界にもあった。こちらにあったのは当然というべきか別物だったが、原理は似ていて、アレンジすれば使えそうに思えた。  遼太郎はカイルからカードについて学び、ふたりでゲーム内容を練り上げ研磨した。シンプルなルールの遊びで、ものの五分もあれば覚えられる内容だ。  興味津々のフィリップは、賭博好きとも聞いていたとおり飲み込が早く、期待どおり乗り気になってくれた。 「で、褒美はなにを望む? 罪を打ち消すなんてのは不可能だぞ」 「承知しております。そうですね。処刑の前に贅沢な料理を食べてみたい。そういった願いは聞き届けていただけますか?」  フィリップは遼太郎の返答に目を丸くし、次に高笑いをした。 「よかろう。兄上にも馴染み深い味をご堪能いただけるのだから、妙案だと褒めてつかわす。兄上にとって非常にいい褒美だ。自らの欲で手放したものの大きさを噛み締められるうえ、悔いてもらうにはとてもよい」  ご満悦なフィリップは、勝利を確信している様子だった。自信があるのだろう。  カードのルールを説明しているとき、嬉しげに含み笑いをしたのを遼太郎は見逃さなかった。ルールにはわざと穴をたくさん散りばめてある。手練れた者ならイカサマする隙をすぐに見つけることができるだろう。そのように遼太郎は敢えて設計した。 「……わざと負けているのか?」 「とんでもない。負けてなんの得があるとおっしゃられるのですか?」  フィリップはあからさまな結果に不満を感じ始めたらしい。 イカサマをする者は、全勝するようなバカはしない。なのにフィリップは勝ち続けていた。当事者でなくとも不審に思うだろう。しかし、遼太郎はなんのイカサマもしていなかった。  ただ単に、運がからっきしないだけだった。  さすがに全敗するほどとまでは思わなかったが、カイルとやっても九割八分負けていたことから、なくはないと考えていた。 「そんなはずはない。なにか手を打っているはずだ」 「いやいや、本当に何もしてませんって。王子様がお強いだけでしょう。いや、敬服します。文字どおり完敗ですよ」  フィリップは遼太郎の言葉に苛立ちを表にし、ワインを飲み干して床に叩きつけた。  なんにせよ熱くなってもらえたらいい。勝負にのめり込み、他のことまで気が回らなくなるほど夢中になってもらえたら、それでいいのだ。  賭け事好きは勝ちにこだわる。勝てば気をよくし、次も勝ちたいと強く思う。そして成功したら、またさらにと次第にのめり込んでいく。夢中になればゲームの世界を統率したくなる。少しでも違和感を覚えたら自分が貶められたように感じ、許せなくなり納得いくまで躍起になるものだ。 「バカな言い訳が通用すると思うのか?」 「本当ですって。お気に障るようでしたら、俺の後ろに衛兵を置いて監視してくださっても結構ですし……」    フィリップは遼太郎の言葉に舌打ちを返して、衛兵を呼びつけた。頑健で威圧感たっぷりの衛兵三人に囲まれて暑苦しい。  けれど遼太郎にとっては勝利への道を確信する契機となった。衛兵たちの戸惑いが間近に伝わってくる。勝利はすぐそこだ。 「ったく……代わりのグラスを持ってこい! 酒もだ!」  怒気鋭く響き渡ったフィリップの声に、従おうとする者はいなかった。  その場にいた大臣や貴族、従者や使用人含め全員が、命令を聞くどころの状況じゃなかった。   「……これは……わたしはいったい」 「今までなにを……」  王子の謁見室は動揺の声でいっぱいになった。ひとつひとつは微かでも、数が大きければうるさいほどになる。それくらいの人数が呆然とし、困惑を口に出さずにはいられなくなっていた。 「……おい、ジョシュア」  フィリップの顔からはみるみる血の気が引いていく。 「ベンジャミン? ケイトはどこだ? なぜ誰も応えない? わたしのもとへ来ないんだ?」  やがて、部屋のなかで最も困惑している人物はフィリップとなった。いや、理解はしているだろう。自分が今どういった状況に置かれたのかはわかっているはずだ。ただ、なぜこんな状況に陥ったのか、そこがわからず狼狽しているにすぎない。  フィリップは理解していた。カイルと計画していたプランBのとおり、すべてが滞りなく済み、成功したことを。

ともだちにシェアしよう!