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1章

1章 (どうか、誰にも見つかりませんように……)  その日も望月は、コロニーを抜け出すところだった。  昼餉を終えた後とあって、住人たちは思い思いの時間を過ごしている。  高く、かしましい声をあげながら、鬼ごっこをするこどもたち。  若い娘たちは、木陰で笑いさざめきながら、刺繍をしていた。 「この調子なら大丈夫かなー……長老に見つかりませんように……」  この前は、うっかり遊びに行くところを見つかって大目玉を食らった(望月には、難解な分厚い本を読むように言いつけられて途方にくれてしまった) 「もちおにいちゃん!」  小さくてふわふわしたものに衣服を掴まれた。  かわいらしい舌足らずな声に呼ばれて、望月はびっくりした。 「朔七(さくな)」  まだ、生まれ落ちてから二十年にも満たないこどもの亜人種だ。  朔七は、うさぎの頭部をきょろきょろとさせていた。 「……どこにいくの?」  朔七は、望月のことを実の兄のように慕っている。  コロニー……力の持たない亜人種たちが形成する集落のことだ。 原則的に他のコロニー間とは行き来はない。 外的から身を守るために秘匿性を保つため。 食料や衣服は自給自足の生活――それが当たり前だった。 つまり、コロニーが、望月と朔七の世界の全てと言える。 ――この世界は、閉じている。  だから、望月や朔七といった幼い亜人種たちは、外の世界を知らない。  おまけに望月は、孤児としてこのコロニーに捨て置かれたこどもだった。  だから、コロニー以外の世界を見たことがない。  みんなは、知らない方がいいとは言うけれど。  好奇心旺盛な年頃なので、時が止まったような閉鎖的な集落に窮屈さと何もせずに時間が流れていく感覚に、にわかに焦燥を覚えていた。 「もちおにいちゃん、どこにいくの?」  もう一度、朔七は、繰り返した。  望月は、眉を困らせていった。 「どこにもいかないよ」 ――だって、僕たちはどこにもいけないもの。  まだこどもの朔七には、残酷な言葉である気がしたので、それは呑み込んだ。  望月や朔七……このコロニーの住人たちは、白うさぎを眷属にした亜人種である。 (かつての百年戦争で人類が、動物を眷属に持つ種族を侮蔑的に『亜人種』と定義したことからその名が定着した)  祖先のうさぎは、愛玩動物や食用に用いられた弱い小動物である。  白うさぎの種族は、亜人種の中でも戦う術も力も持たず――こうして、隠れるように集落を形成し、こっそりと暮らしていた。 「これ、みんなで食べ。いい子にできるね?」  朔七の手に、干し林檎の入った袋を握らせる。  すると、朔七がかわいらしいうさぎの顔をほころばせた。 「うんっ!」 「ここで僕と会ったことはナイショにしてくれる?」 「うんっ! ぼくともちおにいちゃんのナイショ! みんなでおやつ食べてきてもいい?」 「みんなで仲良く分けるんだよ。走ったら危ないからね? ふふっ」  早く貰ったおやつを友達と食べたいのだろう。  朔七が、砂利道の坂をかけていく。  望月は、小さな背中が遠ざかるのを、微笑ましく思いながら見ていた。  そして、くるりときびすを返した。  

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