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1章-1

1  ざあっと風が吹き、森全体がわななく。  太古の森のわななきは巨大な生き物を思わせた。  薄暗い緑、そして、草の香り。  望月は、コロニーの外れ……太古の森をかけていた。 (急がなくちゃ――“あの子“が待っている――)  途端、眩い光とともに視界が開けた。  一面の赤い色彩。 アネモネの花畑だった。 「もち、来るの、遅い」  少女が、ふくふくとした頬を膨らませた。 ……メートル換算で1メートルと60にも満たない望月よりもさらに小柄な少女だった。  まるで、アネモネの花のような紅蓮の長髪に、瞳。  純白のフリルをたっぷりと使ったボンネットとドレス姿の彼女は、書物の中で文明が崩壊する前のビスクドールのようだ。 「ごめん、■■■■」  望月は、にこっと笑って彼女の名前を呼んだ。  しかし、その名前はノイズが走ったようになぜか、ひび割れていた。 「ちこくは、だめって言ったのはもち」  ■■■■は、かわいらしい口唇を尖らせた。  どうやら、不服な様子だ。 (こんな顔をするようになったんだ。最近はよく笑うようになったなあ)  コロニーの周辺で、彼女が倒れているのを見つけたとき――。  出会ったばかりの彼女は、まるで、人形のように感情の起伏がなく、ずいぶんと機械的な喋り方をしていた。 よく、望月の話を聞いて、理解できないといったように小首を傾げた後――。 「それなあに?」と聞くのが■■■■の口癖だ。 それは、今でも変わらない。 「はなしは聞かないとだめって言ったのももち」 ……この調子では延々と彼女のお説教が続きそうだ。  最も、それらのことを教えたのは、望月自身なのだが。 「……そうだね。ごめんね?」  そうっと彼女の髪を撫でてみる。朔七にするみたいに。  すると、■■■■が驚いたように目を見開いた。  それから、白い頬が淡い色に染まる。  彼女はふんわりと表情をやわらげた。 「うん、いいよ!」 「……え、さっきまで怒ってたんじゃあ……もういいの……?」 「ごめんねっていったら、うん、いいよでけんかは終わりって教えたのももち」 「……そうだっけ」 「もしかして、わすれたの?」  そう言って、じとっとした目で見てきた。  望月は、ぴゃっと身を縮こまらせた。 (女の子ってよく分かんない……さっきまで機嫌が悪かったのに、にこにこしてる……え、なんで……)  ■■■■は、ご機嫌にアネモネの花を摘んでいる。  人類との百年戦争を境に――人類及び亜人種の大多数のメスは、減少の一途を辿った。  この箱庭の形をした世界……。  この世界を管理する魔王様がおられる。  魔王様の意図は分からないが――この世界の歴史では、なぜか、百年戦争の後、極度にメス個体の出生率が下がっている。 「もち、一緒にお花詰みしよっ」 「そうしよっか」  そのとき、夏の生ぬるい風がそよいだ。  それらはやさしくアネモネの花を揺らした。 「やっぱり、外の世界はいいな……」  小さく望月はそう呟き、青空を見た。  青空はどこまでも、どこまでも広がっていた。     望月は、■■■■と一緒に、アネモネの花を摘んでいた。  少女の白い指が、花を手折る。  彼女は、ソプラノの澄んだ声で望月の知らない歌を口ずさんでいた。 「その歌、何?」 「……わたし、いろんなことを忘れちゃってるけど、なぜか知らないけどこの歌は覚えているの」  そう、望月と出会った当初、彼女は記憶喪失だった。  自分の名前すら憶えていないので、望月が■■■■という名前を与えた。 「歌ったら、何か思い出したりしないかなあ。ねえ、歌ってみてよ」 「うん。そうかも」  そして、彼女はワンフレーズだけ歌を披露してみせた。 ――私は、きれいなシャンソン人形。  この世は、バラ色のボンボンみたいね。  私の歌は誰でもきけるわ。  みんな、私の姿も見えるわ。  誰でもいつでも笑いながら、私が歌うシャンソンきいて踊り出す。  みんな楽しそうにしてるけど、本当の愛なんて歌のなかだけよ。  ■■■■が、マイクを持つジェスチャーをしながら、歌って踊る。  そして、歌いおわるとぺこり、とお辞儀をした。 「■■■■は、歌が上手いんだねぇ」  望月は、拍手をしながら、素直にそう感想を述べた。 「ほんと? うれしいっ! あーあ、わたしがもっと歌を知っていたらいいのに。そうしたら、もちにいっぱい聴かせてあげられた……」 「それで、記憶の方は……」 「やっぱり、だめみたい」 彼女は、残念そうに眉を下げた。 「そっか。でも本当にいい歌だったよ」 「そうかなあ。これ、ひとつしか知らないのに」  望月はかぶりを振る。  とても、見事な歌だと思ったからだ。 「そんなことないよ。きみの歌はとても良かったよ。ねえ、これ、どういう歌なの」 ……なんとなく、好奇心にかられて、そう聞いてみた。  すると、■■■■は、表情ひとつ動かすことなく、あっさりと答えた。 「――人間が愚かだという象徴の歌」 「え……」  ■■■■の言葉の不穏な言葉にドキッとしてしまう。  無論、人間は、百年戦争を起こしたきっかけの種族であり、歴史上で幾度となく、亜人種を迫害してきたのは、事実だが――。  この純粋無垢な少女の口から『人間が愚か』という言葉が出てくることに驚いた。  あどけない彼女には似つかわしくない。 「ひとりの人間の少女が大勢の人の前で、ニコニコと笑いながら歌うの。観客も喜んで、女の子の歌を聴いている。でもね、」  ■■■■は、そこで一度、言葉を止めた。 「観客が喜んでいるのは、少女の歌に感動したからじゃないの。人形じみた女の子が、愛想を振りまいて、歌うことを滑稽だってみんなで笑うの。女の子だけがそれを知らない。ただ、ニコニコして歌うだけ」 「それは――」  なんて言うべきか、分からなかった。  それは、あまりにも残酷な皮肉(アイロニー)ではないか。  だが、望月は、ぐっと言葉を呑んだ。 「本当に、人間って愚かだわ。わたし、わたしは……」 「……それ以上は、言わなくていいよ。愚かなのは人間だ。きみが傷つく必要はないんだ。■■■■」  このいたいけな少女が傷つくところなど見たくはない。  だから、望月は、言葉を制した。  すると、彼女は、ゆっくりと望月を見つめ、すり、と手に頬をすり寄せてきた。 「もちは、やさしい」 「……えっと、なんか照れるな」 「ううん。もちは、わたしにとってもやさしい」 「あのね、もち……わたしね、」  ■■■■が、なだらかな頬を手にくっつけたまま、何事かを囁く。  それから、口を開きかけて――閉じた。  屈託のない彼女にしては、やけに慎重な様子だ。 「どうしたの? 何か言いたいことでもあるの? 君の話は、ちゃんと聞きたいから……教えて……?」 「んう……ええと……」  ■■■■が、何かを言いあぐね、髪の毛の先を弄った。  完全に言葉に詰まっている様子だ。  じれったくて、くすぐったいような沈黙が落ちる。 「うーん……あ、そうだ」  不意に■■■■が、立ちあがった。 「あ、■■■■ってば」  純白のレースのドレスに、葉っぱや土がついていたので、はらってやる。 「……せっかく、きれいな洋服なのに汚しちゃだめでしょ。もう……」  望月が、ぶつぶつと言う。  先ほどまで、言葉が少ない彼女が軽やかに喉を鳴らす。 ……もう、先ほどまでの形容しがたい間はなかった。 「わたし、もちの不思議な夢の話がききたいっ!」 「ええー……いつも話している気がするけど……■■■■は、僕の夢の話なんて聞いて飽きないの」 「ぜんっぜん、飽きないっ! わたし、もちの夢の話、だいすきっ!」  紅蓮の双眸が、きらきらと輝いている。  そんなに期待に満ちた顔をされては。  望月は、仕方ないなと笑い、そして、口を開いた。 「じゃあ、夢の話をするね。僕が、いつも見る不思議な夢の話を」  そう言って、望月は、とうとうと不思議な内容の夢の内容を語りだした――。

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