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幕間 望月は夢の中をたゆたう①
幕間 望月は、夢の中をたゆたう①
よく望月は、不思議な夢を見る。
夢にしては、やけに奇妙なリアリティを持っている。
起きたときには、夢と現の境目がひどく曖昧になってしまう。
そんな不思議な夢――。
夢の中で望月は、感覚だけの存在として、夢の中で起こる事象を俯瞰していた。
「たぶん、これは、僕の生まれる前の出来事なんだけど……そう遠い昔の話じゃあない」
静かに語り始めた望月の言葉を、■■■■は静かに聞く。
まるで、絵本の読み聞かせを楽しむこどものように、一切の言葉を挟むことなく。
ただ、望月が語るのを待っていた。
「あるとき、ジプシー……人間の流浪の民だよ。そう、ジプシーの女性が太古の森を旅していたんだ」
「どうして、その女性は、旅をしていたの? なぜ、太古の森なんてとおったのかしら。あぶないのに」
「その女性は、旅芸人っていうのかな。あちこちを放浪しながら、歌と踊りを披露して生活していたんだ。太古の森は旅路だった」
「……そうなのね。すてきなお仕事だわ」
すっかり、■■■■は、望月の語る夢の世界にうっとりとしていた。
とろんと目が夢見がちに蕩けている。
「女性は、野生の亜人種たちを警戒しながら、太古の森を進んでいた。幸いにも亜人種に襲われることはなかったけれど、彼女にとって予想外のことが起こったんだ」
女性は、太古の森の巨木の下で途方に暮れていた。
急に、雨が降ってきたのだ。
最初、一滴の雨粒が降っただけだった。
しかし、それは一瞬にして雨脚は強くなり、ざあざあ降りに変わった。
冷たい雨と風が、疲弊した旅人を嬲る。
容赦なく彼女の体温を奪う。
水気を含んだ赤みがかったダークブラウンの髪。
それらが、野生の蔦のようにオリーブがかったかんばせにへばりつく。
(このまま嵐になったら、)
女性は、ほぞを噛んだ。
見る間に視界が豪雨で霞んでいく。
このままでは、危険な森の中で立ち往生してしまう。
そのときだった。
「お嬢さん、迷子かな。こんな森の中で危ないよ」
唐突に、目の前に手が差し出された。
女性が、顔をあげると、そこには異形がいた。
白うさぎの紳士がそこにいた。
目の前の異形にあっけにとられたジプシーを気にする様子もなく、紳士はやさしく微笑した。
「さあ、僕についておいで」
「……どういうこと?」
「お嬢さんに、温かいスープとパン、お茶をご馳走しよう。雨風をしのぐ程度の小屋だが、ここよりはマシだろう。温かい寝床もある」
ジプシーの女性は、外套を目深にかぶると紳士についていった。
彼が連れていったのは、森の奥にある小さな小屋だった。
申し訳ない程度の広さだが、彼は言うとおりに夕餉と着替え、暖かい寝床を提供した。
「困ったわ」
翌日、ジプシーが目覚めるとまだ、強い雨風が降っていた。
夏の嵐だった。
紳士は、肩を竦めた。
「流浪の旅人よ。きみが望むまでここにいればいいさ」と紳士はこともなげに言う。
「ええ。私は、流浪の旅人よ。旅をしながら、踊りをしているの……」
女性は、窓に貼りつきながら、そう告げた。
翌日もまだごうごうと嵐が荒れ狂っていた。
「今日も嵐ね。いつになったら、この嵐は終わるのかしら」
「流浪の旅人よ。昨日、きみは確か、踊り子だと言ったね。良ければ、踊りを披露してくれないかい?」
紳士の言葉に、彼女はひどく驚いた。
「構わないけれど。亜人種の殿方も踊りに興味があって? ねえ、歌って。あなたの声、とても心地いいわ。やわらかくて――」
流浪の民の黒の双眸と紳士の赤い瞳が交わる。
「……私、あなたの歌にあわせて、踊りたいわ」
紳士が薄く笑う。
そして、やわらかい声色でハミングした。
少し不器用だが、やさしい歌だった。
それにあわせて、ジプシーの女性がふうわりと舞う。
外は嵐だというのに、紳士は、歌い、女性は踊った。
室内には笑い声が絶えない。
さて、夏の嵐は、十日ほど続いた。
久しく、晴天に恵まれ――木々から雨水が滴る頃、女性は言った。
「ああ、紳士よ。名残惜しいけれど、私は再び、旅に出ねば。しかし、あなたと別れる定め(さだめ)がこんなに苦しいとは」
ああ、と女性は呻いた。
夏の嵐の間に、女性と白うさぎの紳士は、蜜月を過ごし、愛し合うようになっていた。
嵐の日々で、男女は睦あうようになっていた。
幾度となく、口唇をあわせ、褥で身体をあわせた……そんな日々が続いていた。
紳士は、そっと女性を抱き寄せた。
「ああ、愛おしい人よ。僕は言っただろう。きみが望むまでここにいればいいと」
紳士は、とろおりと蜜が滴るような甘い声でそう囁いた。
そして、ジプシーのオリーブの姿態を抱き寄せた。
「そうだった。そうだったわね。私、まだ、あなたのそばにいたいわ……」
ジプシーは、男性の腕にすがりついた。
そして、十月十日――次の春が、めぐるとひとつの命を産み落とした。
赤子は、紳士によく似ていた。
「ああ、私の夫よ。私のこどもは、あなたによく似ているわ。だから、私はこの子を外の世界には連れていけない」
紳士……彼女の夫は、静かに頷いた。
「それに、私は、流浪の旅人。旅の先々で踊りを披露しながら生きていく身。私は、もう行かなければ」
「そうだね。それがきみの運命だ。どうかお行き、きみのティンブクツーまで!」
「ええ、私は、私のティンブクツーを見つけるわ! そのこどもは、私が確かにこの場所に留まった証……私たちの愛の結晶よ!」
最後に、夫婦は抱き合った。
そして、紳士の手に抱かれた白髪赤目 の赤子を愛おしそうに眺めると――。
「さようなら、」
「さようなら、」
ふたりは、手と手を振って別れた。
ジプシーは、外套を目深にかぶり、太古の森を後にした。
彼女は、彼女のティンブクツーを目指して、再び、旅に出た。
何もしらない純粋な目をした赤子は、遠ざかる背中をじっと見ていた。
女性は、太古の森を振り返るどころか、出るまで顔をあげようとしなかった。
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