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3章-1
――亜人種は、動物を眷属とした人類である。
ゆえに、人間に準じた知能や文明を築いて生きることはできる。
人間と比べて遥かに長命な種族であること。
高い身体能力を有すること――これらは、明確に純粋な人類との違いだろう。
……郁の前置きはいやに長かった。
彼は、手に持ったフォークを神経質そうに指で弄った。
「発情期があること。これは、人間との違いだな」
「その、えっちな気分になっちゃうあれのことだよね」
望月の言葉を郁は無視した。
「祖先が動物であり、俺たち亜人種と人間の違いは未だに本能が行動原理であることだろう。ある程度の年齢になった亜人種は、定期的に発情に陥る」
……それが、先日の望月の状態なのだろう。
先日に起こったあの出来事が、望月にとって初めての発情期だった。
今まで、知りもしなかったし、縁がなかった。
「特に弱い眷属を持つ亜人種は性のはけ口にされやすい。発情の時期は、独特のフェロモン臭を分泌するから、それをかぎつけた他の亜人種に、襲われてしまう。頸を噛まれたら、強制的に番にされて……そのあとは……」
そこで、郁が言葉を切った。
(なんとなく、郁が僕のことを心配……? している理由が分かったかも……でも、なんで、郁が僕の心配なんてするんだろう……)
「だから、症状を緩和するのに抑制剤を使う。そうしたら、フェロモンの匂いも軽減されるから例えば、外敵がいても多少はマシなはずだ」
「ああ、うん」
望月は、心ここにあらずといった状態で、返事をした。
「これ以上は、説明したくない。どうして、俺とそう変わらない年齢なのに、知らないことが多いんだ。どうして、俺がこいつの性教育なんか……」
郁は、不満そうに言うと冷えた紅茶を飲んだ。
「よしよし、白い童、勉強になっただろう。わらわは、さっそく、薬の調合をするとしよう。二匹ともくつろいでいくがいい」
森の魔女は、ゆったりとした動作で立ち上がると、別室に向かおうとしていた。
すかさず、郁が彼女の後を追った。
「あとひとつだけ話がある」
「ほお。やっと言ったな。そちらが本命であろう」
……望月の距離からは、ふたりの会話は聞こえない。
郁も森の魔女も声のトーンを落としているのだ。
「望月を白うさぎのコロニーから連れてかえって以来、望月は長期的な眠りを繰り返している。一度、眠りにつくと数日間は起きない。また、慢性的な頭痛に悩まされている」
「黒い童ともあろう男が、そんな顔をするな。なあに」
森の魔女が、ドレスを翻して、望月の元にきた。
しかし、ふたりの会話を知らない望月には、突然の出来事に覚えた。
女の猫のような目が、望月の赤い瞳を覗き込んだ。
「……汝、数奇な運命を持ったようじゃなあ」
ぽつり、と森の魔女が言う。
「変わった目をしている」
「えっと、それは、僕の目が赤いということですか? これは生まれつきで――」
女は緩くかぶりを振った。
「違う。なんでも見える目を持っているということじゃ。分かりやすい言葉でいえば、千里眼、とやらじゃな。その目を持つ者を……うーん、久しく見たのお」
「千里眼……」
「汝、これまでに不思議な過去を見たじゃろう? 幼い頃から幾度も」
あっと、望月は、声をあげる。
白うさぎの紳士とジプシーの女性の物語。
最後にジプシーは、ティンブクツーを目指して旅立った……。
「あれは、もしかして――」
「心あたりがあるのか」
すかさずに郁が問うた。
「……とにかく、そう遠くないうちに汝の目は、過去も未来も見渡せるようになるじゃろうなあ」
魔女は、なぜか、さみしそうにそうとだけ呟いた。
「黒い童と白い童。ちいと待つがいい。頼まれた薬の調合をしてくるでな」
そして、森の魔女はもう何も語らずに、別室に消えた。
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