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3章-2
2
郁は、本棚に置いてある古書を勝手に拝借すると、優美な所作で読みだした。
もう彼は、望月を顧みることなく、本の世界に没頭している。
郁らしいといえば、郁らしい。
一方、望月は、鏡に映る自分の貌を凝視していた。
厳密には、その瞳、をだ。
まんまるのあどけない瞳である。
しかし、焔のような、アネモネの花のような、滴る鮮血のような。
赤の双眸。
森の魔女は、こう評した。
――そう遠くないうちに汝の目は、過去も未来も見渡せるようになるじゃろう……。
この瞳が、一体、何を視るのか。何を映すのか。
今の望月には、到底、想像できないため、現実みはない。
だが、あの魔女の言葉は、静かな予言じみていて――。
望月を怯えさせた。
ずっと、本を読んでいた郁が、ぱたん、と大げさな音をたてて本を閉じた。
「……あまり深いことを考えるな」
「……うん」
相変わらず、この狼は、自分のことをよく見ている。
だが、こればかりは、郁の主張が正しい。
今は、考えても仕方がないことなのだ――。
「待たせたな」
そのとき、森の魔女が、別室から戻ってきた。
「ほい、抑制剤じゃ。発情期を迎えたばかりでは安定していないはずだろう。辛いときは飲むといい。一応、次回まで余裕を持たせてあるぞ」
「……助かった」
これまでの反発がうそのように郁が礼を言い、袋を受け取る。
「黒い童の主人には世話になってるしのー……。近々、また顔を出すじゃろ。ところで白い童」
「え……あう……あの、なんですか……」
不意に森の魔女に呼ばれて、肩をびくっとさせてしまう。
また、不吉なことを言われるのではないか。
しかし、森の魔女は、人好きのする笑みを浮かべただけだった。
「苺のタルトは気に入ったかの? 土産に持たせてやろう」
「え……タ、タルト……?」
思いもよらない……日常の会話を振られて戸惑ってしまう。
「……わらわの手料理は口にあわなかったかえ?」
しゅんと森の魔女が残念そうに、縮こまっている。
「えっ! す、好きです……とてもおいしくて……ほっべたが落ちちゃいそうってこういうことなのかなって。森の魔女さんのお菓子、僕の人生の中で食べたもので一番おいしかったです!」
森の魔女に打算はない。
ただ、客人に振る舞った馳走が口に合っているか、心配だったようだ。
望月は、にこにこしながら、素直に感想を口にする。
舌が蕩けそうなほどに甘いものを食べたのは生まれて初めてだった。
「そうかそうか。安心したぞ。やはり、こどもはおいしそうに食べてこそ、かいらしい。ついでに、ギモーヴとマカロンも持たせようぞ」
「えっと、それなんですか……?」
森の魔女が口にしたものの名前が聞きとれずに、小首を傾げた。
「んふふ。家で食べてみれば良い。わらわは、白い童がおいしそうに食べるところが好きなのじゃ」
「もしかして、甘いものなんですか。わあ、楽しみ! 郁、良かったね」
たくさんの馳走を土産として持たせてもらえることが嬉しくて、つい、郁ににこーっと笑ってしまう。
「なんで、俺まで……お前、この女に餌付けされていることに気がついていないのか……?」
「だって、おいしいお菓子、いっぱいくれたんだから、お礼を言わないと。郁とふたりでってことでしょ?」
郁と望月の会話を聞いていて、森の魔女は、きょとんとした後でにまーっと邪悪な笑みを浮かべた。
「白い童の言うとおりじゃ。黒い童と仲良く食べるんじゃぞ。ところで黒い童、礼はないのかのー……?」
からかう口吻に、郁の機嫌が一気に悪くなった。
「ほんっとう、さいあく」とだけ郁は吐き捨てた。
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