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5章【真相】-2 追憶のアネモネ編
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郁は、のろのろと立ちあがるとどこかに向かった。
(あんなに小さいのに、)
よく見ると郁の着ている服は、お下がりなのだろう。
あちこちがぼろぼろにほつれていたり、布が擦り切れていたりした。
きっと、満足な衣服を持っていないのだろう。
髪も透けるように白い肌も、衣服も薄汚れていた。
望月とて、赤子の頃にコロニーに捨て置かれた孤児だった。
(それでも、それでも)
こんなに汚辱にまみれ、泥を啜るような扱いを受けたことがなかった。
両親がいなかった分、コロニーのみんなが本物の家族のように接してくれた。
(みんな、)
束の間、今はもうなくなった故郷に思いを馳せていると、郁は先に進んでしまう。
あわてて、望月は小さな背中を追った。
郁が向かったのは森の奥だ。
「はあ……寒い……」
郁の髪や絞った衣服から、ぽたぽたと水滴が垂れている。
小さな鼻や手は赤くかじかんでいた。
郁が白い呼気を吐く。
望月の感覚は鈍いが、どうやら、今は冬らしい。
水をかけられたうえに、冬の厳しい寒さ。
おまけに時折、強い風が吹いた。
郁は、体温を奪われて、さぞや、その一歩は重いことだろう。
だが、郁は、気丈にも顔をまっすぐにあげ、ずっと鼻を啜った。
「食料を見つけるまでは、家に帰れない……もえぎがお腹を空かせて、家で待っている……」
彼の中には諦めるという選択肢がはなからないように感じられた。
――もえぎのため。
自分がどんなに虐げられようと尊厳を傷つけられても、幼い郁は前を向いている。
「君、そういうところは変わらないんだね」
でも、幼い郁の瞳は、本物のアレキサンドライトよろしくきらきらと輝いていた。
望月と出会ったときにはそうではなかった。
あのアレキサンドライトが、今のように諦念を宿したのは一体、いつからなのだろう……。
「まだ、木の実や果実(くだもの)は残ってないかな……木の実はすり潰して、水で溶いたらパンケーキの材料になるし、果物でジャムを作ったらもえぎが喜ぶと思うのだけれど」
身長の低い郁は、背伸びをして、一生懸命に木の実や果実を探した。
きょろきょろとあたりを見渡して、めぼしい食材を探している。
「あっ、木の実だ!」
郁は、足元に転がっている数粒の木の実を見つけた。
周囲には誰もいないというのに、郁はとられまいと急いで拾う。
「えへへ、よかったぁ」
僅か数粒ばかりの果実を大切そうにポケットに拾うと、へにゃりと破顔させた。
こどもの頃の愛らしい郁を垣間見た瞬間だった。
胸が、きゅっと締め付けられる心地がした。
「ねえ、郁。僕も一緒に探すよ」
むろん、幼い郁に自分の存在は見えていない。声も届かない。
そう理解しておりながらも、このこどもを放っておけなかった。
望月も藪を掻きわけたり、郁が届かない木の上を見てやったりした。
郁は、気がつかないし、何かを見つけても教えてやることもできない。
それでも、彼のために手伝ってやりたかったのだ。
くしゅん、と郁が小さくくしゃみをした。
そして、地団駄を踏む代わりに小さな石ころを蹴り飛ばした。
「……やっぱり、冬だからかな……何もないなあ……」
郁のさみしそうな独り言が、むなしく、森に落ちた。
郁の言うとおり、季節は冬である。
たんぱく源であろう動物たちは眠りにつき、植物もあらかた狩りつくされているようであった。
森にめぼしいものはない――。
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