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5章【真相】-3 追憶のアネモネ編
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差し込む陽光が眩い。
望月は、つい目を細めた。
気がつくと知らない室内にいた。
古びている屋敷の一室のようだ。
アンティーク調の壁紙や家具は、ところどころくすんだり、傷んでいたりはしている。
しかし、天蓋つきのやわらかそうなベッドが部屋の中央に置かれていた。
そこに、郁が眠っていた。
「郁!」
郁が、自分を認識しないのは、もう幾度となく痛感してきたことだった。
それでも、彼の名を呼ぶ。
額に濡れたタオルがあてがわれており、呼吸も規則正しい。
頬に健康的な血色感が戻ってきている。
……眠っていると、やはり、そのかんばせは人形じみていた。
軽く扉をノックする音に続き、部屋に昨日の青年――潮が入ってきた。
「郁、体調はどうかな?」
「あ、潮さま……? おれ、どうして……ここは……?」
郁が不安そうに周囲をうかがう。
あの少しばかりの風で壊れてしまいそうな廃屋とはまるで違う豪奢な屋敷に驚いているようだ。
「ここはおれの家。厳密に言うとここは客間だね」
「え、あ……ご、ごめんなさい! 長の家に勝手に……すぐにお暇しますからっ!」
あわてて、郁が身体を起こそうとするが、ふらついてしまう。
とっさに潮が郁を支えた。
「潮さま……あ、ありがとうございます……」
「そうだよ、郁。何かしてもらったら、ごめんなさいじゃなくてありがとう、なんだよ。おれはその方が嬉しいな」
「はい……分かりました……」
「昨日、侍医を呼んだら、軽症の風邪と疲労、栄養失調と診断された」
「そう、なんですね……」
郁は自分のことだというのに、他人事のようだ。
視線がそわそわと忙しない。
「おれ、やっぱり、帰ります。もえぎが心配だから」
「その心配はないよ。下女をもえぎのところに送ったし、夜も今朝も食事は摂った。郁が心配しないよう決められた時間ごとに様子を見に行かせているが、今のところ、体調に問題はないよ」
「ありがとうございます……」
郁が、ベッドの上で深々とこうべを垂れた。
彼が誰よりも心を砕いている妹を救ってくれたことに心から感謝しているようだ。
「それに、もえぎはおれのフィアンセだしね」
「……そうでしたね」
郁が言葉少なく認める。
「変な時代だよね。メスが減少しているとはいえさ。もえぎは久しく産まれたメスの個体だけど、両親に言い渡されたときは変な気持ちになったなぁ」
「はあ、」
「だって、今の郁くらいの歳に、生まれたばかりの赤子とフィアンセだって、勝手に決められるなんて、おかしな話でしょう?」
潮の冗談めいた軽口に、郁が小さく笑みをこぼした。
どうやら、おかしかったらしい。
すぐに郁が我に返る。
「あ……ごめんなさい……潮さまの前で笑うだなんて、失礼ですよね……」
「ううん、やっとおれの前で笑ってくれたね、郁。本来なら、こどもは安全に守られるべきだし、無邪気に笑って、遊べればいいと思ってる」
潮の言葉に郁の表情が沈む。
「まあ、この時代に理想論だけど。父様が、コロニーの権力者であるうちは、もえぎは花嫁として家(うち)に迎え入れられるわけだから……」
そっと潮の大きな手が郁の頬を包んだ。
「郁もおれの家族のひとりだよ」
「家族……」
郁は、その言葉に困惑しているようだった。
当然だろう。
黒狼のコロニーで垣間見た扱いからは、彼が『家族』というコミュニティを理解できるはずもない。
「家族といえばさ、」
じっと潮が郁を見た。
「薫(かおる)は、どこに行ったの?」
一瞬、その場の空気が止まった。
厳密には、郁の目に走った憎悪があまりにも暗く――潮も望月も言葉を失ったのだ。
以前視た郁の記憶の断片と会話から推測するに――『薫』というのは、郁の兄の名前だろう、と推測する。
「まあ、薫は変わっていたからね。郁も突然、兄が出奔だなんて驚いただろうね」
潮は、郁の異変を見て見ぬふりをして、笑った。
だが、口元がひきつったままだ。
「ほら、卵粥を用意させたよ。お腹がびっくりするといけないから、消化のいいものから徐々に慣らしていこう。また後で来るからゆっくりおし」
「……ありがとうございます、潮さま」
「分かってるとは思うけど、いきなり、家に帰ろうとしないでね。僕ももえぎも心配するから」
「はい」
潮は、手早く用件を伝えると、部屋を辞した。
ひとり残された郁は身動きひとつしなかった。
ややあって、匙をとると、卵粥を一口運ぶ。
「おいしい、」とだけ郁は口にした。
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