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5章【真相】-4 追憶のアネモネ編
「……本当にもういいのかい?」
「はい。潮さまのご厚意のおかげで、体調が良くなりました。もえぎの顔を見に帰りたいですし……」
それから、郁は寂しそうに笑った。
「いつまでも潮さまのお世話になるわけにもいきませんから」
郁は、屋敷の下女に渡されたバスケットを掲げた。
「お土産のお菓子、ありがとうございました」
それじゃあ、と郁は丁寧に一礼して、屋敷を後にしようとした。
すると、潮が郁の手を引いた。
「え、潮さま……?」
「そんな最後の挨拶みたいに言わないで」
事実、それは郁にとって図星であった。
潮の世話になるのは、これきりだと割り切っていたし、恩義も感じている。
それに、コロニーにおける潮と郁の立場の差は明確だ。
だからこそ、別れの挨拶をしたというのに。
郁は、きゅっと唇を噛んだ。
「将来的には君が、おれの義兄になるというのにね。一緒にお風呂に入ったり、髪をとかしたり……食事をしたり……楽しかった」
「でも、」
「だから、これきりなんて言わないで。いつまでも郁のことを守りたい」
「それは……」
郁は、逡巡した。
それは、郁が触れた初めての他人の温かさだった。
突然、発狂し、事故で亡くなった父も――父と兄を罵倒し、蒸発した母も――郁ともえぎを捨てた兄も誰もくれなかった。
胸がほわっとするような、くすぐったいような不思議な感覚。
ただ、それはひどくやさしくて。
まだ、幼い郁を安堵させた。
同時に、郁が答えに窮していると潮が痩身を掻き抱いてきた。
大人の男の腕の力は強い。
郁は、小さく喘いだ。
「う、しお、さま……」
「お願い、俺に郁を守らせて」
たまゆら、郁は目を閉じた。
それから、はにかみ――。
「はい」と確かな声で応じた。
「約束、だよ」
潮は、郁の耳に囁きをひとつ落とすと、身体を離した。
「ほら、もえぎもおにいちゃんに会えなくて寂しがっているだろう。お行き。必ず、食事は届けさせるから、もう心配しなくていいんだよ」
「ありがとうございますっ」
郁は、また頭を下げると勢いよく駆けていった。
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