71 / 93

5章【終焉】-2 散華編

「もえぎ!」  郁が廃屋に飛び込んだとき、部屋の中はひどく荒れていた。  もえぎが力任せに振り払ったであろうテーブルや棚の物が床に散乱し、もえぎの足元にはびりびりに引き裂かれた豪奢なドレスがあった。  もえぎは、ぼろ布と化したドレスの前でうつろな顔をしていた。 「もえぎっ、もえぎ」  もえぎの肩を掴んで、何度も彼女の名前を呼ぶ。  ただでさえ、華奢な少女なのに、やせ細った肩に骨が浮いていた。 「……お、にいちゃん……?」  ややあって、うつろな瞳の焦点が合い――郁の顔を捉えた。  その途端、彼女は――。 「うああああぁああああああああああああああっ!」  激しく泣きじゃくり、郁に抱きついてきた。 「もえぎ……ねえ……どうしたの……」  郁は茫然と尋ねる。  もえぎの足元にあるドレスがまさに、答えであった――だが、現実を認めたくない。 「おにいちゃんっ、わ、わたっ、わたしっ、お嫁になんて行きたくないっ!」  もえぎが滂沱と涙を流しながら、郁に縋った。 「お屋敷の偉い人が来て……婚儀が決まったって……ドレスを……うっ、ひうっ、ひくっ、ひうぅっ……」 (うそだ……)  もえぎの口から聞いた残酷な言葉に郁はへなへなと床にへたりこんだ。  病床のもえぎにそんな残酷な言葉を告げた屋敷の人物――集落の悪意に怖気が立つ。  もえぎは手で顔を覆ったまま、泣いていた。 「私……おにいちゃんのそばにいたい、ずっと、ずっとよ……」 「……うん」  郁は、小刻みに震えるもえぎの肩を抱いた。  ねえ、ともえぎが郁を見つめた。  散々、泣きはらしたのだろう。  赤い目が、郁をまっすぐに見た。 「ここから逃げよう……こんな場所にいたくない……ここで物扱いされて死ぬなんて、私、嫌だよおぉおおっ!」  もえぎの提案にはっと息を呑む。 ――ここから、コロニーから逃げる。  それは、郁にはない発想だった。  もしも、ふたりで手と手をとりあって、外の世界に逃げていたら何か現実は変わったのだろうか?  愚かな郁はいまさら、そんなことに想いを馳せる。  だが、既に遅かった。  自分たちは、あまりにも無力なこどもだった。  割れた鏡に、郁ともえぎの姿が映っていた。  かわいそうに床にうなだれるこどもたち。  ふたりとも痛ましいほどにやせ細っていた。  もえぎは、寝台から離れられないほどに衰弱していた。  郁は、そんなもえぎを守るにはあまりにも心もとなかった。  そんな自分たちが外の世界で生きられるはずが、ない。 「はは、」  郁の口から乾いた笑いがこぼれた。  自嘲だ。 「お聞き、もえぎ」  郁はこみあげる涙を堪えながら、やさしくもえぎに囁く。 「お前は、潮さまに嫁ぐべきだ」  そうしたら、もえぎは生存できる。  潮やコロニーの住人の総意でもえぎは『生かされる』  潮の元でなら、充分な食事や医療を受けられる。  あの潮が、みすみす希少なメスを殺すはずがない。  いたぶりたいのなら、自分を相手にするように交換条件を出せばいい。  これが、郁の出した結論だった。  そうしないと自分たちは、この“鳥かご“の中では生きられない。 「……ら、い……」 「え、」  ひどく傷ついたもえぎの目が、郁を見た。  もえぎの顔が、悲壮に歪む。 「おにいちゃんなんてだいっきらい! きらい、きらい! きらいよ! ここの住人なんてみんな嫌いよ……死んじゃえばいいんだ……わ……」  ふらふらともえぎが立ち上がった。  郁は彼女に手を伸ばしたが――腕は宙を掻いた。  もえぎが郁の手を振りほどいたのだ。  そして、廃屋を出ていった。  なぜか、郁は彼女の後を追うことができなかった。  身体が動くことを拒否するように、ただ、硬直していた。

ともだちにシェアしよう!