74 / 93

5章【終焉】-2 家族の記憶

「あ、」  ふと、郁は小川の上にある崖を見つけた。 ……父は、発狂してあそこから飛び降りたと兄から聞いた。  詳しくは知らないが、その頃、家の中に妙な、熟柿のような……腐りかけの甘ったるい匂いが漂っていて、胸がざわざわしていたのだけは覚えている。  段々と父の様子がおかしくなっていって――最後は崖から飛び降りた。  兄は、悲しいのか美しい貌を伏せたまま、郁にそう語った。  それから、天使のようなその貌に一筋の涙が流れていたのを覚えている。  郁は、不器用に、兄の髪を撫でた。 ……兄の真似をしたつもりだった。 (余計なことを思いだしたな)  郁は家族という亡霊の存在を思いだし、かぶりを振った。  今や、郁の家族はもえぎひとりだ。  妹を探さなければ。  その後も郁はもえぎがいそうなところ――家族との思い出がある場所を巡ったが、いつまで経ってももえぎは見つからなかった。    

ともだちにシェアしよう!