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5章【終焉】-2 散華編

「もえぎ……その腕……」  もえぎは何も言わない。  白いワンピースから覗く華奢な腕が黒い『何か』に浸食されていた。  徐々にもえぎの腕を蝕む黒。  塵芥が、彼女の腕からこぼれおちる。  もえぎは緩くかぶりを振った。  唇が声の伴わない言葉を紡ぐ。 ――おにいちゃん、来ないで。 「だめ、だめだ……もえぎ……!」  郁が、急いでもえぎを抱き寄せようとしたそのときだった。 「一緒に……外の世界に行くって言ったあ……!」  郁は瞳に涙を浮かべながらそう叫んだ。  ぐっと身を乗り出して腕を伸ばす。  あと、少しでもえぎに触れられると思ったときだった。 「いたぞ! もえぎだ!」  煌々とした松明の赤が郁ともえぎを照らした。 「早く、もえぎを連れ戻せ。体調が無事か――うわっ!?」  その瞬間。  世界を明滅する黒の光が包んだ。 「もえぎ――!」  ごおっと強風が吹き荒れた。  同時に塵芥が舞う。  郁やコロニーの住人たちの身体が弾みで飛ばされた。  郁は、強か木に背中を打ちつけた。 「もえぎ、もえぎ、大丈夫かっ!」  よろよろと郁は立ち上がった。  背骨が軋み、強か、打ちつけたが、幸いにも致命傷ではない。  とにかく、妹の安否を確認するのが先だ。  コロニーの住人たちは、地面に転がったままだ――その中にもえぎの姿はいない。 「もえぎ……もえぎっ、返事をして……っ、必ず、助けるから――!」  郁は、どこかにいるであろうもえぎに言葉を投げる。  臆病な彼女のことだ。  この異変に怖じているに違いない。  早く、そばにいって安心させてやりたい。  もう、先ほどと同じ過ちは犯さない。  二度ともえぎの手を離したりはしないのだと郁は誓った。  彼は強い眼差しで顔をあげた。  同時に『それ』が目に入った。  黒い異形が。  誰かがひっと声をあげた。 「暴徒化だ……」  その言葉に一瞬、静寂が生まれる。  そして『それ』は一歩踏み出した。 『それ』がゆっくりと歩みを進める度に地鳴りがするような音がし、地面が振動した。  太古の森の――巨木すらも凌駕する怪物がそこにいた。  塵芥をまとった化け物が、コロニーの方に向かっていく。 「もえぎが、暴徒化した……」 ようやく、状況を呑み込んだであろう誰かが、絶望的にそう呟いた。 「もえぎが、暴徒、化……?」  うそだという気持ちがわきあがる。  きっと、もえぎはどこかに身を隠しているはず――。  外では、気丈に振る舞っているが、甘えん坊で臆病な女の子なのだ。 (もえぎのことはおれが守らなきゃ――!) 「もえぎ、いるんでしょう!? お願い、出てきて……っ、おれ、今度こそ、絶対にもえぎのことを守るから……“いつまでもそばにいる“から……!」  がっと誰かが肩を掴んだ。 「目を覚ませ、郁。あれはもうもえぎじゃない――暴徒化した怪物だ……ああ、このコロニーは終わった……」 「うそだ! うそだあっ! あれがもえぎなはずがない! きっと、もえぎは怯えて……どこかに隠れてるだけ……」  郁がそう訴えると、そのまま、地面に引きずり倒された。  郁は、はあはあと喘ぐ。  絶対に認めたくなかった。 もえぎが、絶望に身をやつし、怪物になっただなんて。 本来の獣の姿に……亜人種のなれ果てになっただなんて。 「どうして……どうして……あれを暴徒化させた!? 希少なメスの個体を潰すなんて――」 「お前らは、もえぎを子産みの道具としかみなしていない」  郁は冷ややかに吐き捨てた。  ぎらぎらと輝くアレキサンドライトの瞳とその美貌に、ひっと郁を見下ろしていた人物が声をあげる。 「……やはり――お前ら、一家は呪われている……」  そう乾いた声で呟くばかり。 「お前らを処分しなかったのが全ての間違いだった……」 「今は、いい! あれの始末をしないと俺たちは殺されてしまう……!」 「おい、コロニーの中心から火があがったぞ! 急げ!」  暗い森の中からも、火の手があがるのが見えた。  炎の海が、コロニーを丸呑みにしていた。  いつの間にか、亜人種たちは皆、いなくなっていたのだろう。  コロニーに戻ったに違えない。

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