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5章【終焉】-3 散華編

「もえぎ、もえぎなの!? 言葉が分かるんだね……」  それ以上は二の句がつげなかった。 「わ、だじ、みにぐい……こんなスがた、イ、や……」 「そんなことない。もえぎはかわいい妹だよ」  郁はすり、と指に頬を擦りつけた。  手はひどく冷たかった。  氷のように。 (ああ、きっと……)  きっと、もえぎは元の姿には戻れないという残酷な事実を予感した。 「もえぎが許してくれるのなら、一緒に暮らそうか?」  だが、もえぎはかぶりを振った。  それは叶わない夢だとふたりとも痛いほどに知っていた。 「じゃあ、早くおし。ちゃんと約束したよ。俺は死んでも、ずっともえぎのそばにいるから……」  異形と化したもえぎの瞳に大粒の涙が浮かぶ。  そして、それは郁の顔を濡らした。 「泣かないの。そばにいるって言ったじゃない。約束。だから、早く、俺を殺して。もう過去は忘れて――」 「ソう、ジャなイ……わだじ、ごのすがだ、おニ……ぃちゃ、にみられたくない……だから、」  もえぎは、大切なものを扱うように丁重に、郁を地面におろした。  そして、こうべを垂れた。  まるで、断頭台に固定された罪人のような恰好に、郁は怖じる。 「――だから、最期はおにいちゃんの手で終わらせて」 「でき、ない……よ……」  郁はぼろぼろと涙をこぼした。 ――妹を殺すなど、到底、自分にはできない。 「モ、う、時間がない、ノ……わだじの、さいごの、お、ねがい」  醜くてやさしい声でもえぎが語りかけてくる。  そして、彼女は黙した。  罪人のように、こうべを垂れたまま。 「う、あ……」  郁の口唇が喘ぐ。  手が震えていた。 「ねえ、もえぎ……本当に、こんな、終わり方……おれ、やだよ……」  もえぎは何も言わないし、動かない。  もっと、深くこうべを下げた。  郁に頸を掻ききってもらうために――。  そして、郁は、自分の未練こそがもえぎの苦しませる時間を長引かせることを理解していた。  郁はきゅっと目を閉じた。  もう涙はこぼれなかった。  そのまま、ゆっくりともえぎに近づく。  黒く寸胴な頸が、一瞬、もえぎの白い頸と重なった。  そして、郁はその喉を鋭い爪で掻き切った。  その途端、ぼろぼろともえぎの身体は、塵芥と化し――崩れていった。  郁は、茫然と立ち尽くしていた。  もう生きている者は、郁しかいない。  黒い塵芥が花びらのように舞う。  そして、朝日が昇り、白と黒の光の粒が視界を埋め尽くす。  いつまでも、郁はその光景を眺めていた。  これが、郁の原初の罪。

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