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6章-1

1  明け方、郁が向かったのは例のアネモネの花畑だった。  そこにひとりの少女が佇んでいた。  郁の気配に気がつくとゆっくりと振り向いて、微笑した。  紅蓮の髪と瞳、白のレースのボンネット。 そして、豪奢なドレスに身を包んだ少女だった。 「ああ、やっぱり来たのね。そんな気がしていたわ」  少女は、ゆっくりとした仕草で、風に靡く髪を抑えた。 「でも、あなたに会えるなんて思ってもみなかった」 「……誰であろうと望月に危害を加える相手は許さない。それだけ」 「わたし、不思議だったの」  少女は、無邪気に花畑の中でくるくると踊った。  やがて、少女はぴた、と足を止め――まっすぐに紅蓮の瞳を郁に向けた。 「どうして、あなた、わたしのことを庇ったの? あなたには損な役割じゃなくて? ねぇ、どうして?」 「お前を庇ったわけじゃあない。勘違いをするな。あいつを悲しませたくなかっただけだ」  少女は理解しえないというようなきょとんとした表情で郁を見た。 「ふぅん……わたしには理解できない感情だわ」 「理解できなくて構わない。ただ、ひとつだけ問いたい。お前は望月の友達だったはずだ」  郁は言葉を重ねる。 『――なぜ、あれの故郷を滅ぼしたりした?』  今まで、無邪気然とした彼女の顔が、初めて悲痛に歪む。  まるで、痛みを感じたというように。 「……わたしの名前はプティ・アネモネ。望月がそう名前を与えてくれた――」  たまゆら、少女……プティ・アネモネが瞳を閉じる。  過去の出来事に想いを馳せるように。 「望月……もちは、わたしのことをアネモネって呼んだわ。わたしの赤い髪と瞳がアネモネの花のようだって。この名前をくれたの……」  そこで、アネモネはほう、とため息をついた。 「……でも、もちは、赤いアネモネの花言葉を知っていたのかしら。もちに悪気はない。でも、こんなの皮肉だわ……」  郁にもあの白うさぎの少年の無邪気さと残酷さの紙一重を知っているだけに、少女の嘆きを理解はできた。  だが、それを表に出したくない。 「望月とお前の関係なんて、どうでもいい。俺は、あの日の真相を知りたいだけだ」 「あなたって、デリカシーがないってよく女の子に言われないの?」  その言葉に、郁は苦虫を嚙み潰したような顔をした。  かつて、妹にも同じことを言われたからだ。 「まあ、いいわ。もちと過ごした時間は楽しかった……このアネモネの花畑で過ごした時間。一緒にお散歩をしたり、花を摘んだり、もちは記憶喪失だったわたしにいろんなことを教えてくれたのよ」  少女は、続ける。  今度は、郁は言葉を挟まなかった。 「でも、わたし……気づいてしまったの。わたしは、夢見るシャンソン人形を歌う女の子なんだって」 「……曲は知っているが、抽象的な例えすぎて意味が分からないな」  そこで少女は、すうっと息を吸った。 「……わたしは、ある日思いだしてしまったの。わたしは人間が作った対亜人種用……バイオノイド型兵器のプロトタイプ――紅蓮の魔女であることに」  郁の胸がざわついた。  バイオノイド。  いわゆる、人造人間だ。  それを人間が、対亜人種用の――軍事用兵器として作った……にわかには、信じがたい話だ。 「それは……人間は、亜人種を滅ぼそうとしているのか……?」 「……それはわからない。ただ、あの日――夏の嵐の晩に……歌が聴こえたの」  プティ・アネモネの言葉は突飛で脈絡がない。  郁は眉をひそめた。 「歌……なんの歌だ?」 「夢見るシャンソン人形よ。すごくうるさかった。とめて、っていうのにずっと大きな声で誰かが歌っているの。ううん、歌っていたのはわたしかも……それで――」 「わたしの中の、プログラムが暴走した。紅蓮の魔女として亜人種を討伐するというプログラムが。抗おうとすると歌が大きくなって――頭がうるさくて。わたしは、気づいたら、白うさぎのコロニーを滅ぼしていた……」 「苦痛で苦しむ彼らの顔が、舞台で歌う女の子を嘲笑している観客と重なった。苦悶の声は、不愉快な笑い声に、痛みにのたうつ姿は拍手に聴こえて――こんなわたしを見ないでほしい、やめて、そう何度も訴えたけど、わたし、わたしは……」  プティ・アネモネは花畑に蹲った。  同じ名を冠する花を少女が足で踏みつけていく。 「わたしは、人形じゃない……ましてや、見世物みたいに……笑顔を振りまいて歌う人形じゃない……お願いだから……わたしを、わたしを見ないで……笑わないでよお!」  そして、頭を抱えていた。  苦しそうに喘ぎながら、こぼした。 「あの日も……こうして、あの子のコロニーを滅ぼして……取り返しがつかないことをした後で茫然としていたら、もちが迎えに来てくれた。わたしは、もちに言った。外の世界に行こうって――そうしたら、わたしは罪を忘れて――紅蓮の魔女としてではなく、ただの、アネモネ、ひとりの女の子として生きていける気がした……」  間が落ちた。 「でも、もちは、わたしを拒絶した。あんなに胸が張り裂けて壊れそうな痛みを初めて味わったわ! 助けを乞う亜人種たちを無感情に殺せるわたしなのに、」 「……望月がわたしを“人間の女の子“にしてくれた」  一転して、プティ・アネモネが恍惚として言った。 「……言いたいことはそれだけか? もういいだろう。お前は亜人種を討伐するプログラムを刻まれたバイオノイド型兵器だ。いずれ、望月に危害を加える存在になる。排除するには充分だ」 「ええ。同意よ。でも、わたしにも、どうしてもあなたに渡したくないものが世界でひとつだけあるの。だから、あなたを殺す」  アネモネはゆらりと立ち上がり、恋する少女の目のまま、郁に向き合った。 「恋の業火になら、身を焼かれてもいいと思っているわ。ここからは、殺し合いね。でも、ひとつだけ」  郁が返事をする前に彼女は純粋な問いをぶつけた。 『――どうして、あなたはうそをついてまで、望月を守ろうとするの? 故郷を滅ぼした仇ってうそまでついて』  郁は、アレキサンドライトの瞳を瞬かせた。  アネモネの花々がざわり、と揺れる。 「いくつ、罪を重ねても変わらない」 「それってどういう意味?」 「それはお前に話す必要はない。お前の行動に賛同はできないが、感情としての理論としてなら、理解の余地はあるし、同情もする。だから、これだけは教えてやる」  郁は、静かに真相の全貌を語った。  アネモネは、ただ黙って、郁の言葉を聞いた。 「そう。じゃあ、わたしたち……相容れないわね」  感想はそれだけだった。 「理解が早くて助かる。話はお終いだ」 「ええ。じゃあ、戦いましょうか――それぞれの未来をかけて、」  同時、アネモネと郁が疾走した。  アネモネの花畑に鈍い音が響き――そして。  

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