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幕間 ひとりぼっちの狼と望月の出会い①

 郁は、太古の森の奥に位置するアネモネの花畑を訪れた。  そこは、故郷とは遠く離れた場所で、誰も知らない場所だった。  きれいな花に囲まれていたら、寂しくないだろうとそこにもえぎの墓を作った。  がらんどうの石板だ。  中身には、彼女の遺骨はおろか、遺品すらない。  それでも、郁はそこに通い、花を供えることを日課にしていた。 「ごめんなさい、」  郁はいつものようにがらんどうの墓の前でこうべを垂れた。  もちろん、死者の返事はない。 「でも、もう遅いんだよ……」 「――だから、最期はおにいちゃんの手で終わらせて」  過去から自分の手で殺した妹の声がする。  全ては、自分がいけなかった。  全ての判断が、遅かった。  そして、大切なものを失った――。  後悔はしているが、不思議なことに市街地に流れついてから、感情の起伏を失ったように、涙はこぼれなかった。  否、自分に涙を流す資格などない。  郁は、自嘲げに口元だけで笑みを模った。  そして、『もえぎの墓』に向かって、やさしく微笑む。  それは、不器用な笑顔だったが、もえぎが大好きだと言ってくれたおにいちゃんらしく努めようと頑張った。 「もえぎ、寂しい思いをさせてすまない。けど、今度こそは約束を守るから――俺はずっと、もえぎのそばにいる」  そう言って立ち上がった。 「また、来るから」  そして、墓を辞そうとしたときだった。  何者かの気配を感じた。  郁の耳がざわり、と揺れる。  とっさに、茂みに身を隠した。 ……足音が近づいてきた。 「もう、アネモネ、待ってよ、足が速いってば」 「だって、たのしくなっちゃったんだもん」  小柄な影がふたつ。  ひとりは、白い髪に……白うさぎの眷属だろうか?  ぴょこんとした長いうさぎの耳と尻尾を持った亜人種だった。 ……もうひとりは、長い紅蓮の髪に、こんな場所には不似合いの豪奢なドレスを身に着けているが、一見、亜人種の特徴は見受けられない。 (人間の女か? どうして、こんなところに……)  疑問は浮かぶが、どちらにせよ、ヒエラルキーが下位に位置する白うさぎの亜人種と人間の少女が相手では無駄な争いは生じないだろう。  郁はほっと胸を撫でおろした。 (機会を見て、気づかれないうちに去ればいい)  相手は、自分たちより弱い種族だ。  自分の姿を見たら、ひどく怯えてしまうだろう。  それに――もう他者と関わりたくない。  郁はそう思い、立ち上がった。  そして、あっと小さく声を洩らした。  白うさぎが振り向いたのだ。  そのかんばせは、もえぎと同じだった。 「どうして、」  郁はへなへなとへたり込んだ。  長い時を隔てて、ずっと会いたかった妹と同じ顔の亜人種を見つけるなんて。  これは、もえぎの呪詛だろうか――そんな馬鹿げた考えが頭を過る。  郁はかぶりを振った。  見なかったことにすればいい。  だが、郁はその場から動けなくなってしまった。 「ねえ、アネモネ。少し休憩にしない? 林檎をもらってきたから、半分こしようよ」 「おやつ!」 ……ずいぶんとのんきなやりとりだ。  結局、郁は場を去る機会を逃して、その場でやりとりを見守ることになってしまった。 「はい、どうぞ」  白うさぎの亜人種が、半分にした林檎を差し出す。 「え、いいの……? わたしのが、おっきいよ……もち、りんごすき……でしょ……?」 「え、こういうのはレディーファーストなんだって、コロニーのお姉さんたちに聞いたよ」 「もちの、そういうやさしいところ……すき……」  やりとりを見届けるうちに、どうやら件の亜人種がオスなのだと知った。  見た目も身長も少女じみているので、なまじ、衝撃を受けたが、郁が驚いたのは、そこではない。 (コイツ……鈍すぎるだろ……だって、あきらかに――)  女の方は、望月に好意を向けている。  すき、やさしいなどといった言葉を何回も言っているのに、にこーっと笑ってありがとうと言うだけなのだ。 (うん。コイツは、もえぎと同じ顔をしているけど、もえぎじゃあない)と早々に、郁は理解したのだった。  だが……。 「く、くるしいよう……」  少女が、唐突に胸を押さえた。 「え、どうしたの? 林檎……喉につっかえちゃった?」 「ちがうの。もちといると胸がきゅうんとして、すごくドキドキするの。こんなの、初めてで……どうしていいかわからない……」  また、女も女なのだ。  何せ、のほほんとしているので、天然でそう言っているのか、計算ずくなのか判断しかねる。  だが、もちと呼ばれた少年はにこーっとやさしい笑みを浮かべた。 「それってすっごく痛い?」 「ううん、むしろ、ぽかぽかする……胸がじわって温かいの……」 「そっか。じゃあ、落ち着くまでそばにいるから。それから一緒に考えよ。ほら、今日は珍しく生の林檎だから、ね?」 「ありがと。でも、なんか、おいしいはずなのに、味よくわからない……もち、食べていいよ?」 「そ、そうなの……? 困ったな……」  彼はそう言って頬を掻いた。  こいつは、天然だが、愚かなほどにやさしい――やさしいところはもえぎと重なる。  しかし、とんだ、茶番を見せられたものだ。  郁は、複雑な気持ちを抱えたまま、その場を後にしようとした。  そのとき、茂みががさっと少し音をたてた。  望月の耳がぴんと伸びる。 「ねえ、今そこに誰かいなかった……?」  望月は茂みを指した。 「え、誰もいないよ?」  少女は目を瞬かせて、先ほどまで郁のいた茂みを見た。 「ほんっとうにさいあく……」  姿が見つからないのが幸いだが、あいにくと天然同士の逢瀬を覗き見する趣味はない。  今度こそ、郁はその場を辞した。

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