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幕間 ひとりぼっちの狼と望月の出会い①

 ふと、歌が聴こえてきた。 「……夢見るシャンソン人形か」 ――文明が崩壊する以前の話だ。  今はもうない国。  かつての歌姫の少女が、モノクロームの映像の中で披露していた。  勤めている貸本屋で流れていたが、映像の中で少女はニコニコと笑っていた。  さて、郁が、望月とアネモネの日常を観察するのは、もう日常になってしまった。 「誰がこんな覗きみたいなこと……」  八つ当たりだとは思いつつも、望月にそう毒づく。  まあ、本人は郁に私生活を観察されているなど知らないだろうし、彼が覗き魔なのには変わりがないが。 ……結構な時間が経ったが、相変わらず、ふたりの関係は進展する様子がなかった。  少女には可哀そうだが、相手はあの望月なので仕方がないだろう、と郁は思いつつ、なんとも言えない感情でふたりを眺め続けた。  ある日、アネモネは、望月に『夢見るシャンソン人形』の歌を披露していた。  なかなかに少女は歌が上手く、旋律が耳に心地いい。  郁が少女の歌に聞き入っていると旋律が止まった。  歌が終わったのだろう。  望月とアネモネが何回か、囁きを交わした後、その声が耳に届いた。 「――人間が愚かだという象徴の歌」とあの純粋なアネモネが言ったのだ。 「え、」  郁と望月は同時に声をあげた。  あの少女から、こんなに嫌悪に満ちた言葉を聞いたのは初めてのことだった。 「観客が喜んでいるのは、少女の歌に感動したからじゃないの。人形じみた女の子が、愛想を振りまいて、歌うことを滑稽だってみんなで笑うの。女の子だけがそれを知らない。ただ、ニコニコして歌うだけ」 ……それは、この歌の本質をついたものではある。  何せ、この歌は、少女を人形に見立ててつくられた皮肉(アイロニー)である。  文明崩壊前のことだから、正確なところは分からないが、少女は歌の意味を知らずに、純粋に歌ったらしい。  あどけない少女の顔にニコニコとした無垢な笑顔を浮かべて。  また、他の曲にはあきらかに性的な文脈を含んだ悪趣味な歌もあった。  その様子を見た観客たちは、何も知らない少女の笑みに拍手したと店主から聞かされた。  それを聞いて、胸が重たくなったことを思いだす。  郁がそんな考えに耽っていると、彼女は唐突に、不吉なことを言った。 「……嵐が来るの」 「……今晩。これはもう決まっているの」 (嵐? 太古の森に嵐が来るなんて、ここ数十年はなかったはずだが)  郁は小首を傾げた。 「お願い。もち、わたしをひとりにしないで……」  そうねだる少女の声はいやに甘ったるかった。  郁は、ふと、かつて、家に漂っていた熟柿の匂いを思いだした。    

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