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6章-2
2
(知らなかった、知らなかった、知らなかった――!)
望月は、眦に涙を浮かべながら太古の森をただ、ひたすらに走っていた。
郁が出ていってからどのくらいが経っただろう。
まんじりともせずにベッドに横たわり、古い時計が時を刻む音ばかりがいやに耳をついた。
望月は、孤独に息を詰まらせながら思ったものだ。
彼は野暮用だと言ったが、本当に帰ってくるのか不安だった。
そして、瑠璃色の空が開け始めた頃――千里眼がとある記憶を望月に見せた。
それは、過去の郁の記憶。
まだ、白うさぎのコロニーがあった頃。
既に、『郁と望月は出会っていた』
それも、望月が知らない形で。
歪な関係ではあるが、あの時から、望月は郁に守られていたのだ。
「ほんとうに、知らなかったんだ……」
望月はぜいぜいと息を吐きながらそうひとりごちる。
もう何回も繰り返した言葉だった。
だが、それは詭弁だと分かっている。
郁の抱えていた孤独と痛みは想像に絶しがたい。
「どうして、教えてくれなかったの、ひとりで抱えたの……!」
――だが、それは詭弁だ。
あの奇妙な同居生活の中で、違和感はいくつもあった。
踏み込まなかったのは、望月の方だ。
足がいやに重い。
この先に行かないといけない。
そうは分かっているが、どうしても事実に――郁に向き合うのが怖い。
臆病な望月は、躊躇して足を止めてしまう。
自分の荒い呼吸だけがやけに大きく聞こえた。
そのとき、つきん、と例の頭痛が走った。
「――――――――、」
望月は千里眼の見せたその光景に息を呑んだ。
赤いアネモネの花の中で、郁が仰臥していた。
全身を鮮血にまみれさせ、虫の息だということがまざまざと伝わる。
その唇が、少し震えて、何か言った。
短いその言葉は誰かの名前だった。
でも、誰の名前かまでは聞き取れない。
そして、だらりと彼の腕が弛緩した。
そこで、その光景は幻のように消え失せた。
ごし、と望月は乱暴に服の袖で涙を拭った。
「もう、離さない――そして、」
「郁を死なせはしないから、ぜったい、ぜったいに……!」
そうして望月は、きっと強く太古の森の遠景を瞳に移した。
どこまでも緑の木々が続いているように見える。
その先に――アネモネの花畑がある。
郁と『アネモネ』はきっと、そこにいる――そう確信していた。
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