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第5話 軟禁*

「……ぁ……ぁ……っ」  押し殺したような声が漏れるとともに、掻き抱いた身体が突っ張るのがわかった。無意識なのだろうが、トゥアルセティスの背は、軽く弓なりに反っている。  それにあわせて、ホルセムの熱杭を深々と()んでいる中がきつく締まった。内壁が、ひく、ひくん、と、断続的に痙攣している。 「ぅ、く……っ」  ぶるり、と、細い身体に腰を押しつけつつ、ホルセムは逞しく胴震いした。  その夜もトゥアルセティスの中で吐精を遂げたホルセムは、残滓まで注ぎ切って、相手から身を離した。相手を深々と貫いていた己のものを抜き取るとき、とろり、と、白い精がまるで身が離れるのを名残惜しむかのように糸を引いた。  もはや深更だ。夕刻に東の空に昇ってきた月も、すでに中天を過ぎ、西に傾きかけたころだろう。  ホルセムは寝台の縁に腰掛け、白く柔らかな下肢をさらしたままで動かない叔父を見下ろした。  銀の髪が褥の上に散っている。瞼は閉じられ、神秘的な〈月の眸〉は見えなかった。  口淫で一度、手で一度、そしてホルセムに身の内を突き上げられて一度。さらに最後はホルセムの精を奥深くに注がれて、叔父は今宵、都合四度は絶頂していた。それで精も根も尽き果てたと見える。ホルセムが身を離すと同時に、どうやら今夜もまた気を失ってしまったようだった。  玉座の間にトゥアルセティスを追い詰めてから、すでに半月近くが経っている。  最初の夜の後、ホルセムはトゥアルセティスの身を、中庭を挟んだ王宮の最奥、いわゆる後宮といわれる場所に移していた。  王妃として立つのだからそれが当然、と、トゥアルセティスに対しては、嘲笑するようにそう宣告してもある。もちろん、王家の男子でありながらホルセムに囲われるという屈辱を相手に与えるための措置だった。  それからというもの、ホルセムは三日と空けず、時には毎夜、トゥアルセティスのもとを訪れては叔父の身を組み敷いていた。  トゥアルセティスは表向きホルセムに従順で、初めての時ほどの抵抗を見せはしない。諦めたのか、それとも、何かたくらみでもあるのか、ホルセムには叔父の考えていることがわからなかった。  縛ったりせずとも、トゥアルセティスは今日も、おとなしくホルセムに身を委ねていた。だが、縛られていないはずの自由な腕が、ホルセムの背にまわされることはない。  最中はホルセムに揺さぶられながら快感を覚えているようではあったが、それでも時折、その表情は苦悶に歪む。頬には滂沱と流れた涙の痕がある。そしてそれらが両方ともに快楽(けらく)ゆえのものでないことを、ホルセムは知っていた。  眉を寄せる。  気を失っているトゥアルセティスの白い顔を、ホルセムは見下ろした。  月光を糸に紡いだような銀色の髪が、汗でぬれた額にはりついている。呼吸は浅く、その吐息すらかすれていた。  荒淫に疲れ果てた姿を前に、ざまをみろ、と、ホルセムは冷たく(わら)う。  こうして毎夜、恥辱を味わわせる。屈服させる。それこそが、我が手で仇の命を奪うことを禁じられたホルセムの報復だ。復讐なのだ。 「ざまをみろ、トゥアルセティス」  ホルセムは今度は声に出して呟いた。  自分の声もまたすこしだけ掠れている。こうして夜ごとにトゥアルセティスを抱き(つぶ)し、屈服させてなお、ホルセムの胸の奥には尽きせず(くすぶ)るものがあった。 「もっと苦しめ……裏切り者め」  あのうつくしいオアシスでの日々の終わりに点った、憎しみ。目の前が真っ暗になるような絶望。口惜(くや)しさ。(いきどお)ろしさ。  純粋に相手を慕った幼い日。その、やさしい思い出を忘れられないだけに、負の感情はいっそう胸の奥底で(うず)き、歪んだ欲望と絡み合って、腹のうちで蜷局(とぐろ)を巻く。  発露の出口を求めて鋭い牙を()くようなホルセムの激情に(さら)されたトゥアルセティスは、ホルセムの望む通り、間違いなく苦悶し、屈辱を噛んでいるはずだ。  それなのに、胸に満ち足りない思いがあるのは、どうしてなのか。 「もっともっと支配し、俺に屈服させてやれば……」  そうすれば、この空虚は埋まるのだろうか。燃え盛る感情は落ち着くのだろうか。ホルセムは凛々しい眉をきつく(ひそ)めた。 「誰か」  気持ちを切り替えるように、部屋の外へと声をかける。するとすぐさま、十三、四歳ばかりの少年が姿を見せた。ウルの親戚筋のアヌゥという名の少年で、いまはトゥアルセティスの世話役に当てている。 「お呼びですか、ホルセム王」 「水と手巾を持ってきてくれないか」 「了解です、すぐに」  少年は頷いて部屋を後にしていった。しばらくして、水を汲んだ桶と清潔な布を持って戻ってくる。  ホルセムは少年からそれを受け取ると、手巾を水にひたしてきつく(しぼ)り、それからトゥアルセティスの顔に当てた。汗に濡れた額や首筋、それから、頬の涙の痕を丁寧に拭ってやる。  どちらのものとも知れぬ体液で汚れたトゥアルセティスの下肢を拭いてやっているときだ。アヌゥが、ふう、と、呆れたような息を吐いた。 「命じていただければ、そんなのぜんぶ、ぼくがやりますのに……そのための世話役でしょう?」  ホルセムは黙って、軽く睨むようにアヌゥを見た。  少年は、くすん、と、肩を竦める。 「まあ、ホルセムさまが王ですから。あなたさまの気のすむようになさってくだされば、いいんですけど」  いっそウルよりももっと遠慮のない口をきく少年は、また、そっと嘆息した。 「なぁ、アヌゥ……こいつは、昼間、何をしているんだ」  ふと、ホルセムは低い声で訊ねた。 「トゥアルセティス王妃ですか?」  アヌゥが口にした王妃という言葉に、ホルセムはかすかに眉根を寄せた。  ラァ神殿で誓いを行う即位式が終わっていないから、ホルセムはまだ正式には王ではない。同じくトゥアルセティスも正確にいえばまだ王妃ではなかったが、神託によって定められたホルセムの伴侶として、もはや誰もが叔父を王妃として扱いはじめていた。  そのことが、ホルセムに複雑な思いを抱かせる。  だが、アヌゥはホルセムの微妙な感情には気が付かなかったようだ。あるいは、気付いていて、敢えて無視したのかもしれないが、ただ問われた内容に対して、うーん、と、思案する様子を見せた。 「そうですね、これといって何も、と、申し上げるしかないのですが……だいたい窓辺でぼんやりされていますよ。――それが何か?」 「……いや」 「再度反旗を(ひるがえ)す隙を(ねら)ってるとかをご案じなさっているのでしたら、大丈夫だと思いますよ。いまのところは、ですけれども。誰かと連絡を取り合うことも、もちろん、ありませんし。王妃さまはほんとうに、ほとんどの時間を窓辺でぼんやりされているだけですから」 「……そうか」  ホルセムは息を吐くように言って頷いた。  トゥアルセティスを見下ろす。浅い呼吸に合わせて、薄い胸がかすかに上下していた。  血の気の失せた白い頬に触れる。そのまま首筋に手を当てる。てのひらに体温がじわりと融けるように伝わり、指先にはほんのりと脈動を感じた。  疲れ果てた表情で、滾々と眠る相手――……気付いたときにはホルセムは、無意識に、トゥアルセティスのほうへと身体を屈めていた。まるで、口づけでも落そうとするかのような格好だ。 「ホルセム王?」  こちらの名を呼んだアヌゥの声に、はっとする――……いま自分は、いったい何をしようとしていたのだろうか。  ホルセムは、弾かれたようにトゥアルセティスに触れていた手を引っ込め、そのまま固くこぶしを握った。 「いいか、油断せず見張っておけ。何か怪しい動きがあれば、すぐに俺に報せろ」  寝台の縁から立ち上がると、端的にアヌゥに命を下す。 「ええ、わかっておりますとも。――ホルセムさまは、これから自室にお戻りに?」 「ああ。仮眠をとる。じきに朝議の刻限だ」  そう言うと、そのまま背後の叔父の姿を振り返ることなく、ホルセムは寝所を後にした。

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