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第9話 困惑*

「ぁ、ぁ、ひ、ぃっ……ゃっ」  久々に抵抗しようとする相手をホルセムは抑え込む。腰を引き掴んで尻を高く上げさせ、獣の交尾の恰好で、後ろから挑んだ。  自らの剛直を幾度かトゥアルセティスの秘蕾にこすりつけ、くぷ、と、先端をもぐり込ませる。相手の腰を抱え直し、ぐぅ、と、押し込んだ。  そして最後は、ばちゅん、と、ひと息に最奥までを貫いた。 「は、っ……アァ……ッ」  トゥアルセティスが悲鳴じみた声をあげる。中が、きゅう、と、締まって痙攣しているから、挿入の衝撃で軽く達したのかもしれなかった。 「ははっ、ずいぶんといやらしい身体だ、叔父上」 「ぁ、ぁ……っ」 「トゥアルセティス」  ホルセムは名を呼びながら、目の前にさらされた尾骨のあたりを撫で遣った。肌をたどる指はやさしく、けれど、それとはうらはらに容赦なく腰を打ち付ける。 「あ、あっ、ぅっ、んぁ、あっ、ふ、ぅ、ぅ」  ホルセムに突かれるたび、トゥアルセティスのくちびるからは喘ぎが漏れる。相手が枕を抱いて、それに顔を(うず)めると、響く嬌声はくぐもった呻きに変わった。  そうやって、必死にこらえる姿に、ホルセムの苛立ちは募る。 「っ、そんなに、俺に、顔を見せたくない、かっ?」  ホルセムはトゥアルセティスを責め立てながら問うた。 「なにを、隠して、いるっ!? あなたは、俺、に……っ」  相手を問い詰めるはずの声が、なぜか縋る響きを孕んでふるえているように聴こえることが、ホルセムを余計に苛々とさせた。  トゥアルセティスは答えない。その無言が拒絶に思えた。  胸の奥がたまらなく疼いて、そのぶんだけ、相手への怒りが込み上げる。律動はさらに苛烈さを増した。 「ん、ぁ、ぅ、うぅ、んっ、んぅ、ぁ、ぁっ」  乱れた銀髪の隙間に、ほの紅く染まった(うなじ)が見えていた。ただ喘ぎ、呻くばかりで、頑なに何かを堪え続けるようなその姿に、ホルセムの苛立ちは募るばかりだ。 「トゥアルセティス」  顎を掴むようにして、強引に顔をこちらに向けさせた。 「叔父上」  相手は〈月の眸〉を熱っぽくうるませている。無理に与えられる快美に呑まれ、酔い()れながらも、今日も滂沱と泣き濡れていた。  苦しげに顰められた眉。こらえるようにくちびるを噛んだ痕。  この泣き顔を見たかったのだ、と、ホルセムは口の端を引き上げる。いっときの優越に、心が満たされるのを感じる――……けれども、ほんとうはこの泣き顔を見たくなかったのだ、と、だからこそうつぶせにさせたのかもしれない、と、そんな気弱な気持ちがふいに胸を突いた。  ホルセムの満足は一瞬にして霧散してしまう。  どうしようもない空虚を覚えて、トゥアルセティスをきつく掻き抱いた。 「う、っ」  そのまま、腰を振り立て、吐精する。かつて自分を捨てた男とつながり、強引にその中に己を入れ込んで、刻み込む。  いったい、この刹那ばかりは、トゥアルセティスのうちに、再び、ホルセムの存在が刻み込まれているのだろうか――……五年前、あまりにもあっけなくホルセムを捨てた彼の中に。 「トゥアルセティス……」  最後に呼んだ声はまるで縋るような響きを帯びて、そのことがまたホルセムに、わけのわからない腹立ちと、苦悶と気鬱とを覚えさせていた。 *  ホルセムが目覚めたとき、あたりはもうすっかり暗くなっていた。  隣にいたはずのトゥアルセティスの姿がない。それに気がついて、ホルセムは弾かれたように寝台の上に身を起こした。  いつものように気を失うように眠ったトゥアルセティスの身仕舞いをしてやって、それから、どうしたのだったか。気紛れにその傍らに身を横たえ、しばらく彼の顔を眺めていた気がする。  が、いつしかそのまま眠っていたらしい。知らず知らずのうちに心身に疲労が蓄積されていたからかもしれないが、それにしても、不覚だった。  ホルセムは自分の迂闊さに、ちっ、と、舌打ちをした。  あるいは、あの男の眸には魔力が宿るというから、それに(くら)まされてしまったのだろうか。  そう考えたら、ふと、腹の底が冷えた気がした――……自分もあの男に殺されていてもおかしくなかったではないか、と、そう思った。  油断した。自分もまた父セベクヘプと同じく、トゥアルセティスに命を奪われていてもおかしくなかった。  それはただ、たまたま実行に移されなかっただけかもしれない。もしくは、まだ実行されていないだけかもしれない。  次々と浮かんでくる疑念に、ホルセムは眉根を寄せた。 「トゥアルセティス」  どこへ行ったのだろう。  室内を見渡してみる。部屋に明かりはなく、中庭に面した小さな窓から淡く月光が射し込むばかりだ。そして、いまこの場に、叔父の姿はなかった。  もしかすると、兇器でも用意しに行ったのだろうか。  ぎりりとこぶしを握りつつ、ホルセムは寝台から立ち上がった。  すると、居間になっている隣室から、かすかな声が聞こえてきた。 「――……イプワト」  声はトゥアルセティスのものだ。どうやら近くには老犬もいるらしい。  ホルセムは足音を忍ばせて、隣室の入り口まで歩を進めた。  壁の影に隠れるように、そっと中を覗きこむ。薄い月光溜まりの中、敷物の上に座ったトゥアルセティスが、己の膝に身を預けたイプワトを撫でていた。 「急に駆け出すから何かと思ったら、ホルセムが近くにいたからだったとは……何年経っても主を忘れていなかったんだね。おまえは賢い」  トゥアルセティスは穏やかに微笑みながら、イプワトに語りかけていた。黒い毛並みを梳くように撫でる手指はやさしい。  かつてはホルセムにも向けられていたはずの眼差しだった。ホルセムの頭を、叔父は昔、あんなふうに撫でてくれていた。  だがいまでは、我を忘れるような行為の最中ですら、あの手がホルセムに触れることはないのだ。  犬には情をやるくせに、と、ホルセムは思った。  イプワトのことは、父王を討ったときでさえ、見捨てなかった。そのうえ今まで大事に世話をしてきたくせに、トゥアルセティスは、ホルセムのことは容赦なく捨てたのだ。あっさりと裏切ったのだ。  自分は叔父にとって、王宮で飼われている犬以下の存在でしかなかったのか。  そんなことを考えると、胸の奥が締めつけられるようにしくしくと痛んだ。  場に乗り込んでいって、相手を責め立てようか。そうすれば、この感情は、すこしは発散できるのだろうか。  ホルセムがそう考えたときだった。 「トゥアルセティスさま」  今度はアヌゥの声だ。ホルセムははっとして、再び壁の後ろに身を潜めた。 「はちみつ入りの果実水です。声がかすれていらっしゃいますから、喉を傷めているかも……どうぞお飲みください」  世話役の少年はそう言って、トゥアルセティスにカップを差し出した。 「ありがとう、アヌゥ。でも、こんな高価な物をわたしに供して……ホルセムに叱られたりはしない?」  トゥアルセティスは冗談(かるくち)半分といった口調で言って、すこしだけ笑ったようだ。アヌゥは、くすん、と、肩を竦めた。 「大丈夫です。あなたさまは、尊い王妃さまなのですから」 「ははっ……かたちばかりは、たしかにそうだね。ホルセムはどうあっても認めたくないだろうけれど。おまえだって、半分は、わたしの見張りのために傍につけられているのだろう?」 「それは、その……」 「わかっている。むしろ、当然のことだよ。ホルセムは王だもの、それくらい慎重なのでなければ、困るというものだ」  答えにくそうにするアヌゥに、トゥアルセティスはやわらかく微笑みながら言葉を続けた。まるで刺々しさなどない声音だった。  彼らは、普段、こんなふうに言葉を交わしているのだろうか。トゥアルセティスは、ホルセムに対してはほとんど口をきかないくせに、こんなに穏やかに、アヌゥとは会話をするのか。  それだけ、嫌われているのだろう。否、それよりも悪い。きっと、相手にとって、ホルセムはどうでも良い存在なのだ。イプワトにも、アヌゥにも、及ばない。  だから、五年前も、あれほど簡単に見捨てた。ホルセムのもとに、叔父は戻ってはこなかった。  きっとそうだ、と、ホルセムが鬱々とした思考に陥りかけてたときだった。 「――あの……トゥアルセティスさま」  ふと、アヌゥが叔父を呼んだ。トゥアルセティスが顔を上げる。 「なんだい、アヌゥ?」 「えっと、その、なんていうか……ホルセムさまは……ほんとうは、お優しい方なのです」  なにを思ったのか、アヌゥがふとホルセムを庇うようなことを口にしたので、ホルセムはどきりとした。  場に沈黙が落ちる。カップを手にしたトゥアルセティスが、その中味を見詰めるようにわずかにうつむいているため、ホルセムから彼の表情はよく見えなかった。  見たいような、見たくないような気がした。  トゥアルセティスの答えも、聞きたいような、聞くのが怖いような気がした。  怖気づくかのごとく、ホルセムがその場を離れようとしたときだ。 「……知っているよ」  ふと、トゥアルセティスが溜め息をつくように言った。 「しっている。だが、いかに優しくとも、己の父を殺した仇相手にしてそれをふるまえるわけなど、ありはしないだろう。それだって、わかっているよ。――ほんとうに……神々も、ずいぶんと酷なことをなさるもの」 「トゥアルセティスさま」 「だいじょうぶ、わかっているよ。ホルセムは、おまえの仕える王は、悪くない。ちゃんと、わかっているから」  声は静かで穏やかだった。それは、かつて叔父がホルセムに語りかけたときのその声と同じ響きを帯びているような気がした。  ふいに、叔父にそっと抱き締められているかのような錯覚に陥り、ホルセムは、あぁ、と、吐息する。  いま、ほんとうにトゥアルセティスの腕が伸びてきて、再び自分をやさしく抱き締めてくれたならいいのに。そうしたら、この胸にある(もや)も、(わだかま)りも、すべてが消えるのではないか。  刹那、そんなことを考え――……はっとする。 「俺は、何を……」  ホルセムはくちびるの中だけで、そう独白した。  父の仇に抱き締められたいなど、いったい己は何を考えているのだろうか。  おぞましい。おそろしい。  そして、ゆるされない。  自らの思考に当惑したホルセムは、今度こそ逃げるようにその場を後にしていた。

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