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第12話 夜半*
ホルセムは自室で葡萄酒 を注いだカップを傾けていた。
中味を呑み干して、壺から注ぎ足そうとする。が、壺の中ももう空になっていて、一滴、二滴、濃い紫色の液体がしずくとなって落ちるばかりだった。
ち、と、舌打ちした。
考えなければならないことは山ほどある。内政のこと、軍のこと、諸国との交易の可能性。動き出したばかりの新しい朝廷が直面している課題は数多かった。
ホルセムは王だ。国のこと、民のことを、一番に考えなければならない立場だった。
頭では分かっている。それなのに、中庭で去り際に見た光景が、夜になってもまだ脳裡に焼き付いて離れなかった。
あの一瞬、トゥアルセティスとメネフとは、たしかに、視線を交わしていた。
だが、それがどうした、と、ホルセムは思う。取るに足らぬことのはずだった。
トゥアルセティスとメネフとは、かつて主従だったのだ。そして、一度は敵対したものの、いまのトゥアルセティスはホルセムの妃。つまり、メネフにとっては、仕えるべき王の伴侶だった。
ならば、それなりの礼を以て接しても不思議ではない。メネフだって、本心ではホルセムと同じようにトゥアルセティス憎しと思っているところをこらえていたのかもしれない。
そうに違いない、と、そう思おうとするのに、己に言い聞かせるような思考を繰り返せば繰り返すほど、ホルセムの胸にはざらついた苛立ちが募っていた。
あのとき、トゥアルセティスもまた、メネフに眼差しを返してはいなかったか。
ホルセムは再び舌打ちし、苛立ち紛れに、手にしていたカップを床に投げた。ガシャン、と、聞き苦しい音を立てて、空のカップが割れた。
なぜトゥアルセティスは――……ホルセムからは顔を背けたくせに、メネフには視線を返したのだろうか。なぜ。
堪えきれなくなったホルセムは立ち上がった。
そのまま部屋を出る。回廊を後宮へと歩む足音が、夜の空気の中に冷たく響いた。
「トゥアルセティス」
ホルセムはいま叔父を囲っている後宮の一室に、足音も高く入っていった。
もはや夜もずいぶん更けていたが、トゥアルセティスはまだ眠っておらず、絨毯の上でイプワトを撫でていた。ホルセムに気付くと、はっと顔を上げる。
ホルセムはつかつかとトゥアルセティスに近付くと、その腕を掴み上げた。そのまま、驚いた顔をする相手を引きずるように、寝台まで連れて行く。
「ホルセム、おまえ、酔っているの?」
トゥアルセティスは言ったが、ホルセムは答えなかった。無言で寝台にトゥアルセティスを押し倒す。
「ホルセム」
「なんだ。しばらく俺が来なかったからと言って、まさか己が許されたとでも思っていたのか、トゥアルセティス?」
「そんなことは……」
「許すものか。俺は一生、あなたを解放するつもりはない。死ぬまで恥辱に塗れてもらうからな、叔父上」
絞り出すように言うと、ホルセムはトゥアルセティスの両方の足首を掴んで、ぐい、と、強引に持ち上げた。片方の足を肩に担ぐようにすると、相手の長衣の裾は自然と乱れて、秘所が顕わになった。
ちいさな壺を手に取って、香油を垂らす。慣らすために指を入れようとすると、数日のあいだホルセムの訪れを受けなかったためか、トゥアルセティスのそこは青い果実のように固くつぼんでいた。
その貞淑なさまが、ホルセムをぞくりとさせる。
トゥアルセティスの莟を綻ばせ、開かせることができるのは、ホルセムだけだ。極上の熟れた果実を味わうことができるのは、この世でただひとり、ホルセムだけなのだ。
中指を押し込み、内壁を探った。トゥアルセティスが息を詰め、こらえきれずに思わずあまい吐息をもらす箇所を、集中的に、爪で、指の腹で、刺激する。
「……っ、んぅ……ぁ、ぁ、ゃ……っ」
身をくねらせながら、トゥアルセティスはちいさく喘いだ。そのあえかな声、身悶えにそそられて、ホルセムはやわらかくなってきた隘路を責める指を増やした。
ぐちゅ、ぐちゅ、と、濡れた淫らな音を響かせつつ、用意を整える。やがて指を引き抜くと、自分の腰布を払って、熱くそそり立つ己の昂りを取り出した。
くちゅりと押し当て、ぬぷ、と、押し入れる。
数日ぶりにホルセムの訪いを受けるそこは、最初こそ戸惑うふうに、熱い楔の侵入を拒んだ。押し戻す動きで蠕動したものの、それもわずかの時間のことだ。えらの張ったいちばん太いところ受け入れさせると、あとはそのまま、最奥までホルセムの熱の突入をゆるした。
やわくほころび、どこまでも従順にホルセムのかたちに開かれていく。
「っ……はぁ……」
トゥアルセティスの身体に己を深々と沈めて、ホルセムは満足の息を吐いた。ゆさ、ゆさ、と、ゆっくりと相手の身を揺すぶると、それが善かったものとみえ、トゥアルセティスの内壁が、きゅう、と、ホルセムを締め付ける。
絡みついてくる。隙間なく包み込まれている。
まるで相手に切実に求められているかのようで、ホルセムの心は満ち足りた。誘い込むように繰り返し引き絞られ、誘惑に抗えず、腰を激しく打ち付ける。
「ふ、ぅ……トゥアル、セティス、ッ……おじ、うえ……っ」
「あぁ、あっ、んぁ、あ、はっ、ぁっ、あ、あっ」
「く、っ、トゥアルセティス……トゥアルセティス……」
ホルセムは熱っぽく相手の名を呼びつつ、律動を送りこむ。やがて奥まで押し込むと、とぷん、と、精を吐いた。どくどくと断続的に注ぎ込んで、ふぅ、と、息をつく。
ホルセムに押さえ込まれたトゥアルセティスは、ホルセムの長く続く吐精を受けて達し、ひく、ひくん、と、身体をふるわせた。はぁ、はぁ、と、荒らく熱い呼吸をしている相手の顔は――……やはり、逃げるように、拒むように、ホルセムから逸らされている。
その刹那、満ち足りていた思いが、一気に怒りへと墜落した。
「俺を見ろ」
ホルセムは唸るように言っていた。
「きさまは俺のもの。俺を見ろ、トゥアルセティス」
身を繋いだまま、顎を掴んで、無理にこちらを向かせた。
「俺以外の者を、見るんじゃない……俺を、見ろ」
「あ……ホルセ、ム」
今日はまだ意識を保っている相手の濡れた〈月の眸〉が、揺らぎながらも、ホルセムのほうに向けられた。
「なぜ俺を見ない? 何を隠している? 何をたくらんでいるんだ、きさまはっ!?」
ホルセムは問い詰めるように言葉を重ねた。けれども、トゥアルセティスは柳眉を顰めるばかりで、何も答えはしなかった。否、なにも、と、ちいさな声で応じはしたが、そのことはますますホルセムの憤りの焔を燃え立たせるばかりだった。
「昼間、メネフと視線を合わせていたな? 〈月の眸〉の力でかつての部下を魅惑して、再び俺に背こうとでも思っているのではないか!?」
「っ、メネフは……」
「俺以外の男の名を口にするな!」
そう叫ぶように言ってから、ホルセムははっと口を噤 んだ。これではまるで嫉妬ではないか。
ぎり、と、奥歯を噛む。それでも、溢れ出す言葉は止まらなかった。
「っ、あなたをこうやって辱める、俺が憎いのか? だから俺を見ようとしないのか? ……だが、どれほど嫌がろうが、あなたは神託を受けた俺の王妃だ!」
「ホル、セム……どうした、の、こんな………」
「はは、は……あなたが悪い。あなたが……」
自分以外の誰かに親しげな眼差しを向けたりするからだ。何のたくらみがあるかは知らないが、思う通りになどさせはしない、と、ホルセムはトゥアルセティスを睨み下ろした。
「じきに即位式だ。そのときには、あなたが腹で何を思っていようが、王妃として俺の隣に立ち、神の御前で誓いの言葉を述べてもらう」
そうすればトゥアルセティスは神にも認められた正式なホルセムの妃になる。誰が何と言おうと、彼はホルセムだけのものになるのだ。
「…………わ、たしを」
ふと、トゥアルセティスが口をひらいた。どこか痛ましげな、憐れむような眼差しが、ホルセムを見上げている。
「なん、だ」
「わたしを、王妃に据えねばならないこと……だれより最も納得していないのは、おまえのはず。それなのに、そんなおまえこそが、わたしに王妃らしくせよと命じねばならないなんて……神々も、酷なことをなさる、と」
ふらりと中空に持ちあがった手が、そ、と、ホルセムの頭を撫でようとしたかに見えた。
ホルセムははっとする。ぎり、と、奥歯を食い締め、トゥアルセティスの腰を掴むと、入れたままだったもので再びトゥアルセティスを突き上げた。
「あぁっ、ぁ……っ」
その衝撃に、悲鳴のような声をあげた叔父の手指は、むなしく虚空を掻き、そしてホルセムには届かぬままに、力なく褥 に落ちてしまった。そのことがまた、ホルセムの胸の内の何かを燃え立たせた。
「何が酷だ! 何がっ!」
激昂の叫びが、トゥアルセティスの喘ぎに重なるように、夜の室内に響いた。
「ぜんぶ、あなたの、せいだ……っ! 五年前、あなたが……」
ホルセムが絞り出すように言う。トゥアルセティスは何も答えず、ただ目を瞑って、ホルセムの激情に身を任せていた。
その沈黙が、ホルセムの胸を締め付ける。
「叔父上、トゥアルセティス……どうしてっ」
どれだけ凌辱を尽くしても満たされないのはなぜだろう。どれだけ身を繋いでみても満たされないのはなぜだろう。自分の叫びは、怒りは、どこにも届かず、ただ虚空に吸い込まれてばかりいくようだ。
ホルセムは奥歯を噛みしめ、なおも強く相手を責めた。
そして最後には、しがみつくようにトゥアルセティスを抱きすくめる。
そこにあったのは、身体だけでも縛りつけておきたいという衝動だったのかもしれない――……相手の心は、五年前に、すでにホルセムのもとから離れてしまったのだから。
そして、いまはもう、その在処 がホルセムには見えないのだから。
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