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第19話 熱と涙*
先程からかすかに感じ取っていた甘い香りはそれか、と、ホルセムは思う。
「催淫剤など……」
わざわざそんな香など嗅がさずとも、ホルセムに抱かれるとき、トゥアルセティスはいつだって抗ったりはしなかった。いつだって、諦めたようにおとなしく身を開いて、ホルセムの激情を受け入れている。
「ふふ、そうは言うが、おまえだって……最初の夜は、わたしに血を呑ませたじゃないか」
トゥアルセティスがどこかからかう調子で口にした。
ホルセムはカッと頬に血が上るのを感じる。
たしかに言われたとおりだった。初めてトゥアルセティスを陵辱したときは、ホルセムもまた、己の血を使った魔術で、相手のうちに情欲の焔 を無理矢理に点したのだ。
「どうせなら今宵も、香よりおまえの血のほうがよかったな……ホルセム」
じっと見詰められて、どきりと心臓が跳ねる。理性をとろけさせる香の効果なのか、トゥアルセティスの口はここ最近の何倍も、よくまわっていた。
そういえば、あの五年ぶりの対面の日以来、彼がこれほどホルセムに向かって口をきくことがあっただろうか――……そう、今宵のトゥアルセティスは、まるでかつて慕い、共に親しんだあの頃の叔父のようだ。
たとえそれが香の効果だったとしても、ホルセムはなにか、勘違いしてしまいそうになっていた。否、むしろ――……いまこの時限りだとしても、あの頃の叔父が戻ってきたのだと、そう思い込んでしまいたいのかもしれない。
「そろそろ、寝台へ……」
ホルセムは喉の渇きを覚えつつ言った。
もはや身体の力がすっかり抜けてしまっているトゥアルセティスを横抱きに抱き上げると、そのまま寝台へと運ぶ。王と王妃の初夜のために整えられた褥 に横たわらせ、のし掛かった。
衣の腰帯をほどき、肩の留め金に手をかける。
「今夜は……脱がすの……?」
いつもなら、これは報復の代替行為、恥辱を与えるためのものなのだから、と、下衣をたくしあげて下肢だけを顕わにし、そのまま突き入れて、揺さぶっている。だからいま上衣に触れたホルセムを、叔父は訝 ったらしかった。
「今宵は……これは、あなたへの罰ではない。即位の儀、王と王妃としての、行為だ。俺たちがたしかに伴侶であることを、神々に証すための……だから」
「そう……」
我ながら言い訳じみた言葉だったが、トゥアルセティスは吐息するように短く頷き、そしてもう、あとはホルセムのしたいようにさせてくれた。
着ているものを、すべて剥ぎ取る。輝かんばかりの白い裸体が、ホルセムの前に惜しげもなくさらされた。
こく、と、喉が鳴る。
「トゥアルセティス」
ホルセムは、自らも腰布を外して全裸になると、叔父の素肌に身を重ねていった。しなやかに引き締まった蜂蜜色の肉体が、真珠色の肌に多い被さる。
間近で見つめ合うと、まず最初に起こったのは、口づけたいという衝動だった。ホルセムは感情にまかせて、トゥアルセティスのくちびるに己のそれを重ねた。
ホルセムからの接吻に、トゥアルセティスは最初、驚いたように目を瞬く。けれども、拒む暇 を与えることを怖がるように、ホルセムは熱心に相手のくちびるをついばんだ。
しばらく繰り返していると、叔父は諦めたように目を閉じた。それを合図に、ホルセムは口づけを深くする。口内に舌を差し入れ、上顎を舐め、相手の舌を絡め取って、ちゅぅ、と、吸い上げた。
「ん……ん……っ」
トゥアルセティスが鼻にかかった声を漏らした。
ホルセムは熱心な接吻はそのままに、これまで触れたことのなかったトゥアルセティスの胸元へと手を伸ばす。先ほど脱がせたときに目に入った、白い肌を飾るような、胸のちいさな薄紅の果実が気になっていた。
てのひら全体を這わせて、さらさらと撫でる。すこし力を籠めてまさぐるようにする。指先に触れた感触。指先でくりくりとからかい、押しつぶし、きゅう、と、摘んでやった。
「ふ、ぁ……っ」
トゥアルセティスがたまりかねたように身をよじった。無意識なのだろうが、わずかに背を反らせて胸を突き出すようにしてくるから、感じているらしい。
ホルセムは口づけをほどくと、今度は相手の肌に接吻を落とし始めた。首筋のやわいところを舐めたり、吸ったりする。鎖骨に軽く歯を立ててみる。
そのたびに、トゥアルセティスはかすかに呼吸 を弾ませた。
ぺろ、と、胸の尖りを舐める。
「ぁ」
かすかな声と共に、叔父が、ひく、と、ふるえたのがわかった。舌先でつついたあと、ちゅう、と、吸いつけば、さらに反応は確かなものになる。
「ぁっ、あぅ、ん、ぁ」
口許をおさえつつも、堪えきれない喘ぎが漏れ聞こえてくる。敏感な反応を楽しみながら、ホルセムはトゥアルセティスの下肢へと手を伸ばした。
する、と、後ろの莟を探る。
「んっ」
臀部のあわいに差し入れて中指の腹で押すと、きゅう、と、吸いつくような、押し返すような締め付けがあった。
「濡れている……」
常とはちがい、指先に感じ取ったぬめりに、ホルセムはつぶやく。
トゥアルセティスは男だ。本来なら自ら湿りを帯びるわけもない箇所に、しかし、いまはじんわりと蜜のようなものが滲んでいるのだった。
「そ、れは……湯殿で、丸薬を、しこまされた、から……体温があがると、油が、融けて……おまえを受け入れるのに、良い具合になるのだ、と」
トゥアルセティスが途切れ途切れに小声で言った。
「っ、そう、か……」
こく、と、喉が鳴る。
それではこの蜜は、叔父がホルセムの愛撫で昂ったぶんだけ、いまじわりととろけて、あふれ出しているということだろうか。そう思えば、すぐにでも奥まで貫いて、めいっぱい突き上げてやりたい気持ちになった。
身体が熱を持つ。
中指を押し込んだ。入り口はきついが、中はうるんで、熱くほころんでいる。くに、と、指を折って、腹側を押してやる。トゥアルセティスがどこをどうされると息を乱し、身体を跳ねさせるのか、いくども肌を重ねて、もうホルセムにはわかっていた。
「あ、あぁっ」
刺激すると、トゥアルセティスが喘いだ。襞が蠢 いて、ホルセムの指に絡みつく。その動きに誘い込まれ、ホルセムは指を前後させた。
馴染んだところで人さし指を添え、やがて薬指まで含めて、突き入れる。くちゅ、くち、と、耳に忍び入る粘度の高い音と、こちらの動きにあわせて跳ねる叔父の呼吸、時折もれる甘い喘ぎに、次第に昂奮が募った。
入れたい。
トゥアルセティスがホルセムにだけ許すところで、深く深く繋がりたい。
頭が、ぼぅ、と、してくる。
はぁっ、と、熱く呼吸をした。
我慢できなくなってきて、指を引き抜く。腹につくほどにそそり立った欲望を、慣らしてとろけた莟に押し当てた。
「入れる、ぞ」
トゥアルセティスの膝を抱えつつ短く宣言し、ぐぅ、と、体重をかける。
「あ、あ、あ」
襞を掻き分け、隘路を押し開きながら、奥を目指した。
「あ……あぁっ」
とちゅん、と、沈めきった瞬間、トゥアルセティスが軽く仰け反った。
「っ、ぅ、入った……ここまで」
トゥアルセティスの潤んだ〈月の眸〉を見下ろし、ホルセムは鬱金の眸を細める。するする、と、てのひらで叔父の白い肚、臍の下あたりを撫でさすった。
ぐ、と、すこし力を込めて押してやると、肚におさまるホルセムの存在をより直截に感じるのか、相手は頬を紅潮させて、かすかにふるえた。
「ぁ……ぁ、ん……ホルセ、ム……」
甘い掠れ声に煽られる。
「っ、くそ」
ホルセムはトゥアルセティスの腰を引き掴んだ。
ずる、と、ゆっくりと引き抜き、とちゅん、と、奥まで突き入れる。それを繰り返す。ゆさ、ゆさ、と、揺すぶって、中を掻き回した。
「あん、あ、んっ、ぅ、んん、あっ」
腰を動かしながら、ホルセムは再びトゥアルセティスに口づけた。繋がったまま接吻するのは、もちろん、いまが初めてだ。深く重ね、舌を絡め取って吸うと、ホルセムを受け入れているトゥアルセティスの中が、きゅう、と、ホルセムの熱を食い締めた。
それでますます昂って、律動は烈しくなる。心のままに抽挿する。
「あ、はっ、ん、ゃっ、あぁ、んっ、あ、ぁ、あ、あ」
突く度に、それに合わせてくちびるからこぼれ出る嬌声。ホルセムは歯を喰いしばった。
組み敷いているトゥアルセティスの腕を引いて、その身を引き起こす。背中を支えるようにして、互いに向かい合う体勢になった。
「っ、あぁあぁ……ッ」
急に体位が変わって、トゥアルセティスは悲鳴じみた嬌声をあげた。自重で深々と貫かれるのを怖がったのか、反射的に、ホルセムの首筋に腕をまわしてくる。
ちょうど胸に頭を抱きこまれるような恰好だ――……まるで、幼かったあの頃、無邪気に叔父に甘えたときのようだった。
「っ」
胸が詰まる。
じん、と、瞼が熱くなる。
たったこれだけのことで、どうして自分は、こんなにも満たされているのだろう。
きつく眉を顰 めた。
いま我が手に掻き抱いているのは、憎むべき相手だ。父の仇。それなのに、その相手と身を繋いで、自分はいま快楽に酔い痴れている。
憎しみと欲望。恨みと歓喜。
それらがぐちゃぐちゃに入り混じって、頭が真っ白になっていた。もう、自分が何を憎んでいたのかも、何を求めていたのかも、わからない。
「はぁ、はぁ、っ……おじ、うえっ……トゥアルセティス……」
熱に浮かされ、理性が翳 む。
ホルセムは歯を喰いしばった。
認めたくない自分の感情に蓋をするかわりに、叔父の後頭部に手をまわして、強引に口づける。下から突き上げると、トゥアルセティスはますますホルセムにしがみついた。
互いに固く抱き合って、快美の階 を駆け上る。
「っ、ぅ」
最後は力任せに烈しく突き上げた。押し込み、細い身体をきつく抱き締めながら、熱を解放する。
「あ、あぁ……っ、ぁ、ア――……ッ」
ホルセムの吐き出したものに濡れて、トゥアルセティスもとぷりと蜜を吐く。快楽を極めた叔父は、いつものように、眸を涙で濡らしていた。
「……なぜ、泣いている……?」
まだ乱れたままの呼吸の中、ホルセムは王家の谷で見たトゥアルセティスの泣き顔をも思い出しつつ、問うた。嫌悪なのか、屈辱なのか。その涙の意味はいったい何なのだろう。
「今宵のこれは……懲罰の行為では、ないの、だろう……?」
叔父は掠れた声で、ひそ、と、そう言った。そして、そっと瞼を下ろし、まるで自分の泣き顔を隠そうとでもするかのように、ホルセムの頭を我が胸に抱き込んだ。
白い指が、髪を梳く――……あの頃と、同じように。
「っ、あなたは……!」
ホルセムは声を荒らげようとしたが、言葉は喉に詰まった。肩がかすかにふるえる。くちびるを噛みしめた。
憎むべき相手だ。
憎まなければならない相手だ。
それ以上に、許せないと思っていた相手だった。
父を殺した。玉座を奪った。
なにより、彼は――……ホルセムを見捨てたのだ。ひとりにした。
そう思考して、はっとする。自分は一体、トゥアルセティスの何を最も恨んでいたのだろう。彼の何が、いちばん、許せなかったのだろうか。
ホルセムを裏切り、見捨てておいて、どうしていまさら、彼はこんな抱擁をホルセムに与えているのだろう。
なんのつもりだ。何を企んでいる。
わけがわからない。
自分の心も、相手の心も、わからない。
くるしい。くるしい。くるしい。
もう、何も考えたくない。
あの日、玉座の間に叔父を追い詰めた日。
あのときにすべてが終わっていれば、いま、こんな苦悩を味わうこともなかったはずだ。
「……あんな神託さえ、なければ」
ホルセムは声をふるわせて言った。
トゥアルセティスが刹那、ホルセムを撫でる動きを止めた。
「あんな神託さえ、なければ……!」
ホルセムは繰り返す。そのまま言葉を詰まらせていると、叔父の手は、またしずかに、ホルセムの髪を梳くようにして頭を撫でた。
「泣くな、ホルセム……おまえは、泣かなくていい」
静かな声が、耳許に囁く。思い出の日々に聴いたやさしい声音と、それが重なって聴こえた。
「だいじょうぶ、きっとすべてうまくいくよ……神々はおまえを愛しておられる。きっと加護をくださる……だから、だいじょうぶだよ」
やさしく宥めるような言葉を聞きながら、欲しいのは神の愛ではない、自分が唯一ほしい愛はそんなものではないのに、と、そう思った。そして、その許されざる罪深い思考に絶望し、目の前が真っ暗になる。
「叔父上」
ホルセムは顔を上げ、トゥアルセティスを見詰めた。
「トゥアルセティス」
熱っぽく呼んで、口づける。
決してあってはならない感情、それを誤魔化し、胸の奥に押し込めてしまうために、再び相手を押し倒し、ぐちゃぐちゃに犯し尽くした。
欲望に身を任せ、快楽に溺れてしまえば、その間は、何も考えずにすむ。そうやっているうちに、すべてを忘れてしまえればいいのに、と、そう思った。
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