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第24話 真実
叔父に死を、と、覚悟もないままに発した言葉は、けれども、はかない幻ではない。ホルセムの言葉を受けて、ハクラカァは恭しく頭を下げた。
「おおせのままに、ホルセム王」
踵 を返し、弟はすぐさま牢へと向かっていく。〈月の眸〉を持つ少女も、ハクラカァについていった。
ふたりの背を見送りながら、ホルセムは暗澹 たる気分に襲れていた。
自分は何か、とんでもない、取り返しのつかない選択をしてしまったのではないか。そんな思いが首を擡 げる。
だが、もう、すべては動き出していた。
自らの口で、トゥアルセティスの命を奪うよう命じた。その事実はむしろ、じわじわと血に沁みる毒のように、ホルセムのほうを蝕 むかのようだ。
「……あれでよかった」
ホルセムは呟く。
父の仇の簒奪者、その憎むべき相手に死を命じただけのことだ。当然の選択だ。正しい。自分は間違ってなどいない。そう、あれでよかったのだ。
「……よかったんだ……」
ぎり、と、奥歯を噛みしめるようにして絞り出す言葉は、どう考えても、自分に言い聞かせるものだった。ホルセムは無意識にこぶしを握りしめていた。
これ以上、トゥアルセティスに心惑わされるわけにはいかなかった。
だから、これでようやく、ホルセムは苦しみから解放される。
そのはずなのに、どこかで何かが決定的に間違っている気がするのは、どうしてなのか。
ホルセムがくちびるを噛んだときだった。
「――ホルセムさま!」
静かに牢へと向かったハクラカァとすれ違うように、慌ただしい足音が近づいてきた。
メネフ将軍だ。いつになく蒼褪めた顔で、こちらへと駆けてくる。
若き将帥はホルセムの前で立ち止まると、乱れた息を整える間もなく、ホルセムに詰め寄った。
「昨晩、トゥアルセティスさまを投獄なさったと……」
ホルセムは、恩人であり師でもあるメネフを、努めて真っ直ぐに見返した。
「それがどうした」
敢えて低く唸 るように言う。
「あの男はそもそも逆賊だ。最初から牢に入るべきだった。――当然のことだ」
ホルセムが己にも言い聞かせるように口にすると、メネフははっと口籠った。
「ですが、神託が……」
「ああ、そのことか。将軍はまだ知らなかったのか? ハクラカァが、〈月の眸〉を持つ者を見つけ出した。だから問題がなくなったんだ」
「ハクラカァさまが……」
メネフは呟くと、一瞬、思案げに黙りこむ。何か言いかけて、けれども、迷うようにまた口を噤んだ。
「メネフ、どうした?」
ホルセムはメネフのはっきりしない様子を訝 って問う。けれども将軍は、いえ、と、言葉を濁すばかりだった。
「おまえにも心配をかけたな、メネフ」
気を取り直すように、ホルセムは笑おうとした。
「だが、もう、憂いの種は取り除かれた。俺はたぶん、これまで、トゥアルセティスの眸の魔力にでも惑わされていたんだろう」
自嘲するようにホルセムが口にしたときだ。
「あの方の眸に、そのような魔力など……」
思わずのように顔を上げて、メネフが言い募る。言葉を発してから、はっとしたように、将軍はまた黙りこくった。
「なんだ、メネフ……おまえはいったい何を知っている?」
そのとき、いつか中庭でトゥアルセティスとメネフが眼差しを交わし合っていたあの光景が、ホルセムの脳裡に甦り、翻った。
胸の奥がざらりとする。気持ちがささくれ立ち、昏い怒りが燃え立った。
「まさか、おまえはトゥアルセティスと通じてでもいたのか? 俺を裏切って……!」
ホルセムは激昂して、叫ぶように言った。
「まさかおまえまで、あの者の魔力に誑 かされたのではないだろうな!? 俺の一番の味方であるはずの、おまえが……」
なんとか言え、と、ホルセムはメネフに掴みかかる。メネフがホルセムから顔を逸らすので、ますます、疑いは深まり、怒りが滾り立った。
「将軍っ!」
ホルセムがメネフを睨みつけると、メネフはくちびるを噛みしめ、苦しそうに眉を寄せる。
「申し訳、ありません」
忸怩たる想いを吐き出すように、将軍は絞り出した。
ホルセムはメネフから手を離した。
愕然としていた。はは、と、力なく笑う。
まさかそんなことがあるなんて、と、額に手を当ててしばらく乾いた笑いを漏らすと、くそっ、と、毒づいて、地団太を踏んだ。
「おまえまで……トゥアルセティスだけでなく、おまえまでが……」
自分は大事に思う者にこそ騙され、裏切られる宿命のもとに生まれついたのだろうか。
馬鹿みたいだ。一気に身体から力が抜けるようだった。ホルセムは悄然と項垂れた。
「ホルセムさま」
メネフが窺うように声をかけてくる。同時に、慰めるためか、こちらへと伸ばされかけた手を、ホルセムは咄嗟に振り払った。
「トゥアルセティスの眸の魔力に誑かされたんだな!? そうだと言え、将軍! それなら、まだ……救いがある」
縋るように相手を見る。
メネフはそんなホルセムを前に、苦しそうに眉を寄せた。
「いいえ、ホルセムさま」
否定され、ホルセムは再びメネフに掴みかかろうとした。が、こちらに向けられた将軍の、静かな決意を滲ませた眼差しが、感情に任せた行動を取ろうとしたホルセムを思いとどまらせた。
「メネフ将軍……?」
「ホルセムさま。あの方の眸に、そのような魔力は、ありません。いいえ、かつては、そうしたお力もお持ちだったのかもしれませんが……いまやあの方は、どんな魔力もお使いにはなれないはず……五年前の、あの日から」
「あの、日……」
ホルセムはメネフの言葉尻を、鸚鵡返しに繰り返す。
「あの日とは、いつのことだ? いったいおまえは……何を知っている?」
先程と同じ問いを、今度はずっと冷静に、ホルセムは口にした。
「申し訳ございません、ホルセムさま。オレはあの方に誑かされてなどおりません。ですがオレは……ずっと、あなたを騙 していたようなものだった」
「どういう、こと、だ……?」
「オレはあの日、王権の剣を持って、あなたのおられるオアシスまで駆けた。そしてあなたを、下ケメトへと落ち延びさせた。――それはすべて……トゥアルセティスさまの命でしたことでした」
「……なにを、言っている……」
「それだけじゃない。あなたを守れ、と、あなたのために仲間を集め、いずれ決起を促せ、と。すべて……あの方に命じられて、為したこと。――オレはずっと、トゥアルセティスさまの命に従って、動いていたのです……申し訳、ありません」
メネフはその場に跪 くと、ホルセムに深々と頭を下げた。
「すべては、五年前……トゥアルセティスさまは、先代セベクヘプ王のお呼び出しにより、王都へお戻りになりました。そのとき、セベクヘプ王が口になさったのは……あなたさまの、廃嫡だった。トゥアルセティスさまは、それに強硬に反対なさった。――それが、はじまりだったのです」
痛みを堪えるようなメネフの突然の告白に、ホルセムは目を瞠った。
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