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第41話 抱擁*

 はら、と、結い紐がほどけてしまって、絹糸みたいな髪が(しとね)にやわらかく広がった。月光のような銀髪はきらきらしている。きれいだった。また、喉が鳴った。 「トゥアルセティス」  こつ、と、額と額を軽くぶつけるようにする。  それからまた、相手に口づけをした。  けれども今度は、やさしいばかりのそれではなくて、相手から性感を引き出すための接吻だ。そっと触れるだけではもちろん済まず、ホルセムはトゥアルセティスの身体を掻き抱きながら、相手のくちびるを貪った。 「んっ……ふ、ぁ」  角度を変えるたび、甘い吐息が漏れこぼれる。たまらない気持ちになって、ホルセムはてのひらで相手の身体を(まさぐ)りはじめた。 「トゥアルセティス」  呼びながら、相手の衣を()いで、肌を顕わにする。自分も腰布を脱いで、熱く吐息しながら、トゥアルセティスを見下ろした。  右のひとつだけになってしまった、〈月の眸〉。神秘的な虹彩は潤んで、いま、じっとホルセムを見上げている。 「トゥアルセティス」  褥に押し付けるようにして、ホルセムは彼と指を絡め合った。きゅっと手をつなぐだけで、ひどく満ち足りた気分になった。  そのまま、相手に()し掛かるような恰好で、再びくちづける。薄いくちびるを()み、薄っすらと開かれた隙間から舌を挿し入れて、相手の熱い口の中を探った。  トゥアルセティスの舌を追いかけ、絡め取り、そのまま、ちぅ、と、軽く吸う。そうすると、トゥアルセティスの身体が、ひく、と、かすかにふるえた。 「んぅ、っ……」  呼吸(いき)を奪い取るような接吻に、乱れた吐息は苦しげだ。けれども、ホルセムはとても止められなかった。トゥアルセティスに覆い被さったままで、まだしばらく、熱心にくちづけを続けていた。 「トゥアルセティス……トゥアルセティス」  いったんくちづけを解いたあとも、繰り返し熱っぽく名を呼んでは、ときおりまた接吻する。それとともに、ホルセムは顕わにした相手の素肌にてのひらを這わせた。横腹を撫で、胸を撫で、相手が敏感な反応を返すところはないかと、熱心に探った。  首筋にくちづけ、そこのやわい肌を吸う。肩を撫で、鎖骨にもくちびるを落とした。時には吸い付くようにして、相手の白い肌に花のような痕を刻んだ。 「あなたの肌……真珠みたいで、きれいだ」  ホルセムは、ほう、と、感嘆の吐息をもらしつつ、トゥアルセティスを称賛した。  すると相手は、ふ、と、やさしく片目を細める。 「わたしは、おまえの肌がすきだよ、ホルセム……太陽に愛された、蜂蜜色だ」  そう言いつつ、きれいな手指が伸びて、ホルセムの二の腕をするりといとおしそうにさすった。 「(はやぶさ)みたいな鬱金(うこん)の眸も、力強くて、綺麗だと思う。片方になってしまって、もう両目で見詰めてもらえないのが……すこしだけ、さびしいよ」  言いながら、相手は今度は、ホルセムの左の(まなじり)のあたりに触れた。 「それから、髪も……ケメトを護る、力強い砂漠の色だ」  トゥアルセティスはホルセムの頭を我が胸に抱きかかえるようにした。そのまま、こちらの髪を梳くように撫でつける。  やさしくあたたかな抱擁と、いかにもいとおしげに為される相手の行為に、ホルセムは、けれども、ちらりと眉を寄せた。 「あまり……煽らないで。我慢がきかなくなる。今日はあなたに……やさしく、したいのに……」  今宵ははじめて、ふたり、ただただ想いを交わすためだけに、交わるのだ。ホルセムはトゥアルセティスをほんのすこしも傷つけたくなかったし、無理をさせたくもなかった。トゥアルセティスには、ただ善い想いばかりを味わってほしい。  それなのに、そんなふうに触れられたら、理性を飛ばし、感情の(はし)るままに、貪ってしまいたくなるではないか。その衝動をすんでのところでこらえつつ、ホルセムは自分を落ち着けるように、ふう、と、ひとつ息を吐く。  ホルセムの言葉に、一瞬、トゥアルセティスは面食らったような表情をした。  が、すぐにちいさく苦笑すると、再びホルセムの頭をやさしく撫でた。 「余計なことは考えなくていいのに、ホルセム……おまえのしたいようにしてくれれば、わたしには、それが嬉しいのだから」 「っ、あまり、甘やかしすぎないでくれ」 「でも……王であるおまえを、もう誰にも簡単には甘えられないおまえを、甘やかしてやるのは、これからの、わたしの役目だよ。わたしが、これからもおまえの傍らにある、理由。――ちがうの?」  そう言われて、ホルセムは言葉に詰まった。  ずっとずっと一方的に、途轍もない献身を強いてしまったというのに、このうえまだ、彼はホルセムのために在ろうとしてくれている。それがうれしくて、でもうらはらに、切なくも、やるせなくもあった。 「……トゥアルセティス」 「ん?」 「トゥアルセティス、トゥアルセティス……」 「どうした、ホルセム?」 「役目も理由も、そんなものなにもなくたって……俺は、あなたに傍にいてほしい。ずっと、ずっと、俺の傍にいてほしいんだ……トゥアルセティス」  そう言いつつ、ホルセムはトゥアルセティスに口づけた。  伝わっただろうか。  わからない。  ホルセムの接吻を受けたトゥアルセティスは、じっと彼を見詰めたホルセムの眼差しを受けとめて、くちびるをわななかせた。何かを言いかけ、けれども結局は何も言わず、ただ、しずかに微笑む。  その眸が、すこしだけ潤んでいた。  もう、それで、十分だった。 「トゥアルセティス……あいしてる」  ホルセムはトゥアルセティスへの愛撫を再開した。応えるように、トゥアルセティスはホルセムの背に腕をまわしてくれた。  抱き締められて、心があたたかく満ちる。ただあなたをあいしているのだと耳許に熱く囁き、そして、その身を狂おしく求めていった。

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