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第3話 高1_体育祭準備
体育祭まであと二週間。
放課後の生徒会室は、いつも以上に慌ただしかった。
各クラスから提出される申請書。
競技の進行表。
備品管理表。
机の上には書類が山積みになっている。
それでも、生徒会本部たちの手は止まらない。
慣れた手つきで処理を進めていく。
だが、その中心にいるはずの人物だけがいなかった。
「……九条は?」
副会長が顔を上げる。
誰も首を横に振る。
「珍しいな。」
会計が時計を見る。
「何も言わずに席外すなんて。」
書記も頷いた。
九条は予定を変える時は必ず一言残す。
それが当たり前だった。
だからこそ、今の状況が妙だった。
数十分後。
生徒会室の扉が静かに開く。
九条だった。
何事もなかったように席へ向かう。
「九条。」
副会長が声を掛ける。
「どこ行ってた。」
「中庭。」
「何しに。」
九条は一瞬だけ考えた。
「手伝いだ。」
その瞬間。
部屋の空気が止まる。
副会長が瞬きを忘れた。
会計の手が止まる。
書記は持っていた資料を机へ落とした。
「……は?」
副会長が聞き返す。
「今、何て言った。」
「手伝いだ。」
同じ答え。
三人は顔を見合わせた。
九条。
手伝う。
その二つが結び付かない。
副会長が続ける。
「誰を。」
「橘。」
三人の表情が揃って「誰だ」という顔になる。
「……誰?」
「同じクラス。」
それだけだった。
副会長はさらに聞く。
「何を。」
「脚立を支えた。」
「何で。」
全員が答えを待つ。
九条が動くには理由がある。
効率。
利益。
学校運営。
そのどれかだ。
九条は短く答えた。
「困っていた。」
沈黙。
副会長が固まる。
会計が九条を見る。
書記がゆっくり口を開いた。
「……九条じゃない。」
即答だった。
「副会長、この人誰ですか。」
「知らん。」
二人とも真顔だった。
九条だけが不思議そうに三人を見る。
副会長はもう一度確認する。
「頼まれたのか。」
「いや。」
「じゃあ何で。」
「橘が危なそうだった。」
誰も反応できない。
「だからだ。」
淡々と続く。
「終わったので戻った。」
三人はもう一度顔を見合わせた。
九条は困っている人を助けない。
必要なら助ける。
合理性があるなら助ける。
だが。
" 困っていたから。"
その理由だけで動いたことは、一度もない。
しかも相手は。
「橘……。」
副会長が名前を繰り返す。
「同じクラスの外部生か?」
「ああ。」
九条はそれだけ答え、何事もなかったように書類へ視線を落とした。
話は終わったと言わんばかりだった。
その日の夜。
生徒会三役だけの通話。
「……聞いたか。」
副会長が切り出す。
「聞いた。」
会計がため息をつく。
「気味が悪すぎる。」
書記が真顔で言う。
「誰だよ、橘って。」
「知らん。」
「同じクラスらしい。」
「名前しか情報ないじゃん。」
しばらく沈黙が続く。
そして会計がぽつりと呟いた。
「……でもさ。
九条が、人を『困っていたから』助けたんだよな。」
誰も返事をしない。
できなかった。
それだけで十分、異常事態だった。
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