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第4話 高1_体育祭準備2
体育祭準備が本格的に始まった。
昼休み。
中庭では各クラスが看板や装飾の準備を進めている。
その一角で、脚立に上った橘は看板へ色を塗っていた。
「もう少し右。」
「これくらい?」
「うん、そこ。」
下ではクラスメイトが指示を出している。
その時だった。
「動くな。」
低い声がした。
橘が振り向く。
「九条?」
九条は橘の返事も待たず、脚立の足を支える。
「え。」
「続けろ。」
それだけだった。
橘は少し戸惑いながらも作業を再開する。
脚立は驚くほど安定していた。
その様子を、少し離れた場所から女子生徒たちが見ていた。
「……見た?」
「見た。」
「見た。」
三人同時だった。
全員の目が丸くなる。
「え、何あれ。」
「九条様が……」
「脚立持ってる。」
沈黙。
理解が追いつかない。
九条景臣。
生徒会長候補。
学園の象徴。
誰かに仕事を任せる側の人間。
その九条が。
脚立を支えている。
「いや、おかしいでしょ。」
「指示する側じゃん。」
「誰かのためにする側じゃない。」
「しかも。」
一人が小さく声を上げた。
「一年生男子と話してる。」
全員が固まる。
「もっとおかしい。」
ざわめきはあっという間に広がった。
◇
学校内限定のSNS。
投稿が次々と流れていく。
【速報】
九条様が中庭で作業中
【速報】
女子じゃない
【速報】
男子
【速報】
知らない一年
【速報】
脚立支えてる
コメント欄は一気に埋まった。
『誰?』
『親戚?』
『後輩?』
『隠し子?』
『最後違うだろ』
そして、当然のように写真が投稿される。
だが。
学園では暗黙の了解があった。
**九条の撮影は禁止。**
誰もが知っている。
だから写真には。
脚立の上で看板へ筆を走らせる橘しか写っていなかった。
九条は絶妙に画角の外。
ただ。
写真を見た者だけは気付く。
『……この手。』
『九条様じゃね?』
『あの手、九条様だ。』
『手で特定するな。』
コメント欄はさらに加速していった。
◇
放課後。
生徒会室。
「……九条。」
副会長が静かに口を開く。
「写真が出回ってるらしい。」
九条は資料から目を離さない。
「ああ。」
その一言に、副会長は嫌な予感しかしなかった。
(終わった。)
会計も思う。
(犯人、死んだな。)
書記は心の中で手を合わせる。
(南無。)
九条は一枚、資料をめくる。
「橘だ。」
三人が同時に顔を上げた。
「……は?」
「削除しろ。」
「いや、お前じゃなくて?」
副会長が思わず聞き返す。
九条は淡々と答える。
「橘だ。」
「でも、お前映ってないぞ。」
「だから何だ。」
静かな声だった。
それだけで、生徒会室の温度が数度下がった気がした。
副会長はため息をつく。
「……了解。」
◇
その日のうちに。
学校SNSから橘の写真はすべて削除された。
『え?』
『何で?』
『九条様、映ってないのに?』
『橘くんだけ消えた。』
『怖い。』
理由を知る者はいない。
◇
翌日。
「橘。」
クラスメイトが声を掛けてきた。
「昨日、SNSすごかったぞ。」
「何が?」
「お前。」
「俺?」
「写真。」
橘は首を傾げながらスマートフォンを取り出す。
検索。
――削除済み。
もう一件。
――削除済み。
さらに検索。
――削除済み。
画面には「削除済み」の文字だけが並んでいた。
「……?」
橘は首を傾げる。
「どうだった?」
「何もないよ。」
「え?」
「昨日の投稿、ほとんど消えてる。」
「……え?」
二人で顔を見合わせる。
「何だったの?」
「知らない。」
「俺?」
「橘。」
「何で?」
「知らない。」
結局。
誰にも理由は分からなかった。
◇
少し離れた生徒会室。
「全部消えたらしい。」
副会長が報告する。
「早かったな。」
会計が苦笑する。
「当たり前だ。」
書記が肩をすくめた。
三人とも。
犯人を知っている。
九条は何事もなかったように資料へ目を通していた。
まるで最初から、その結末しか存在しなかったかのように。
そして橘は――。
最後まで、自分の写真を一枚も見ることはなかった。
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