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第10話 高1_年度末試験2
期末試験まで余裕があるが膨大な試験範囲は終わるだろうか。
橘は教科書を眺めながら不安が過る。
放課後の図書館の自習用オープンスペースは、いつも通り静かだった。
参考書を広げる生徒、問題集に向かう生徒。
静かな空間には、紙をめくる音だけが流れている。
橘もいつもの窓際の席でノートを開いていた。
しばらくして九条が現れ、隣の席に腰を下ろす。
ページを開き、橘が小さく口を開いた。
「九条さん、この問題なんだけど──」
「……」
九条が答えようとした、その時だった。
「静かにお願いします。」
司書が穏やかな笑顔で二人へ声を掛ける。
「あ、すみません。」
橘は慌てて頭を下げる。
九条も短く頷き、それ以上話すことはなかった。
その日の勉強は、ほとんど筆談で終わった。
◇
翌日。
生徒会室では、副会長が資料をまとめながら小さく息をついた。
「昨日、図書館で司書さんに注意されたらしい。」
書記が顔を上げる。
「誰がですか。」
「九条と、一年。」
「ああ、あの橘って子。」
会計が苦笑する。
「図書館じゃ話せませんからね。」
「勉強教えてるなら、無理だろ。」
副会長は少し考え込んだあと、立ち上がった。
「自習室なら空いてるか。」
◇
放課後。
副会長は二人を校舎の一角にある自習室へ案内した。
「ここなら話しても問題ない。」
数人で利用できる個室。
長机が並び、静かに勉強できる部屋だった。
橘は部屋を見回し、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます。」
「気にしなくていい。」
そう言って副会長が部屋を出ようとした時、廊下の向こうから教頭が歩いてきた。
部屋の中を見て、一瞬だけ足を止める。
「……九条君。」
「はい。」
「ここを使っているのか。」
「問題ありません。」
教頭は自習室を見渡し、少しだけ眉を寄せた。
「いや。」
短く考え込む。
「こちらへ。」
◇
案内されたのは、校舎奥にある応接室だった。
普段は特別な来客用として使われる隔離された部屋。
ソファは壁際へ寄せられ、その代わりに勉強机が二つだけ向かい合うように置かれている。
広い部屋には、その二つの机だけが妙に浮いて見えた。
橘は思わず辺りを見回す。
「ここで、ですか?」
教頭は穏やかに笑う。
「自習室では少し手狭だろう。それに……。」
一度だけ九条を見る。
「九条君に、自習室というのも少し違う気がしてね。」
九条は何も答えない。
「使って構わない。」
「ありがとうございます。」
教頭が部屋を出ると、静寂が戻った。
橘は少し苦笑する。
「なんだか、立派な部屋だね。」
「ああ。」
九条は椅子に腰掛け、本を開いた。
橘も向かいへ座る。
机が二つだけ置かれた応接室は、不思議なくらい勉強には向いていた。
◇
「ここ。」
橘が問題集を差し出す。
九条は式を見て、一枚の紙へ書き始めた。
「最初から計算するな。」
「え?」
「一度、形を見る。」
数式を書きながら続ける。
「ここで分ける。」
橘は書かれた式を追う。
「あ……。」
昨日まで見えていなかった流れが、一つずつ整理されていく。
「なるほど。」
自然と声が漏れた。
九条は紙を橘へ戻す。
「次。」
橘は笑って頷いた。
「うん。」
◇
数日後。
応接室の前を通りかかった書記が、半開きの扉から中を覗く。
向かい合う二つの机。
問題集を広げる橘。
淡々と説明する九条。
その光景は、もう数日続いていた。
書記は静かに扉を閉め、生徒会室へ戻る。
「どうだった?」
副会長が尋ねる。
「今日も応接室です。」
「そうか。」
「すっかり定着しましたね。」
副会長は苦笑した。
「応接室の使い方としては前例がないけどな。」
会計も笑う。
「来客より使用頻度高いんじゃないですか。」
「そうかもしれない。」
部屋の奥では九条が今日の仕事をすべて終えたあと、何事もなかったように応接室へ向かっている。
それを止める者は、もう誰もいなかった。
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