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第11話 高1_年度末試験3
期末試験が刻々と近づいてくる。
放課後の応接室は静かだった。
窓から差し込む夕日が、二つ並んだ勉強机を長く照らしている。
もともとは来客用の部屋だったそこは、今では簡素な机と椅子が置かれ、勉強だけをする空間になっていた。
橘は席に着き、鞄から参考書を取り出す。
向かいではなく、隣。
机を並べる形で九条が座っている。
図書館のオープンスペースでは話せないからと自習室を使うことになり、さらに「九条には応接室の方がいいだろう」という周囲の判断で、この部屋が使われるようになった。
橘には、その経緯はよく分からない。
ただ、気づけば毎日ここで勉強していた。
「今日は数学からにする。」
「ああ。」
短いやり取りだけで、それぞれノートを開く。
紙をめくる音だけが部屋に響いた。
分からない問題があれば聞く。
九条は必要なことだけを説明する。
理解すれば、また静けさが戻る。
それの繰り返しだった。
橘は問題を解きながら、ふと横を見る。
近い。
同じ机を並べているだけなのに、図書館よりずっと距離を感じる。
(……二人きりなんだよな。)
応接室の扉は閉まっている。
廊下の音もほとんど聞こえない。
静かな空間に、自分と九条しかいない。
少しだけ不思議な感覚だった。
九条は参考書に目を落としたまま、ペンを走らせている。
横顔は相変わらず整っていた。
真っ直ぐ伸びた睫毛が伏せられるたび、影が頬に落ちる。
(まつげ、長いな。)
ただ、それだけ思う。
深い意味はない。
本当に、目についただけだった。
「止まってる。」
不意に声がした。
「え?」
「そこ。」
九条が橘のノートを指差す。
「あ。」
考え込んだまま、手が止まっていたことに気づく。
「ごめん。」
「気にしなくていい。」
九条はそれだけ言うと、また自分の問題へ戻った。
橘も苦笑しながらペンを持ち直す。
部屋は再び静かになる。
◇
数日が過ぎる頃には、その光景は学校の中でも珍しいものではなくなり始めていた。
「今日も応接室?」
「らしいよ。」
「また勉強してるんだ。」
廊下を通る生徒が何気なく話す。
最初は気になって足を止める者もいた。
だが毎日続けば、それも少なくなる。
「真面目だよね。」
「期末近いし。」
「九条も教えてるんだって。」
「へぇ。」
驚きはする。
けれど、それ以上騒ぐこともなくなっていた。
応接室で勉強している。
そんな光景が、少しずつ学校の日常になり始めていた。
◇
その日も、橘は最後の問題を解き終える。
「終わった。」
そう呟くと、九条も参考書を閉じた。
「ああ。」
それだけで席を立つ。
二人は並んで応接室を出る。
廊下を歩く足音が重なる。
誰も何も言わない。
けれど、その沈黙は気まずくなかった。
まだ特別な関係ではない。
ただ、一緒に勉強することだけが、少しずつ当たり前になり始めていた。
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