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第17話 高1_生徒会室3
放課後。
最近の橘は、授業が終わると自然と生徒会室へ足を向けるようになっていた。
最初は副会長に頼まれた手伝いだった。
それが数日続いただけ。
なのに、いつの間にか「今日も行こう」と思うことが当たり前になっている。
書類を運んだり、お茶を淹れたり、簡単な整理をしたり。
できることは多くない。
それでも。
(……少しは役に立ててるのかな)
そんなことを考えるようになっていた。
そして、もう一つ。
(俺が来ない日は、どうなってるんだろう)
ふと浮かんだ疑問は、小さなものだった。
気になるというほどでもない。
ただ、少しだけ知りたくなった。
◇
その日の生徒会室。
橘は授業の係で少し遅れ、先に仕事が始まっていた。
扉を開けようとしたところで、中から慌ただしい声が聞こえてくる。
「え、待ってください!」
「今の、どういう判断ですか?」
「差し戻しって、どこがですか!?」
思わず足を止める。
普段より随分と騒がしい。
少しだけ扉を開けると、中では九条が淡々と書類を処理していた。
「次」
短い一言。
書類が差し出される。
一瞥。
「承認」
次。
「差し戻し」
次。
「再提出」
迷いがない。
説明もない。
あまりにも速い。
「えっと……」
補佐役の一人が固まる。
「理由は?」
小さく漏れた声にも、九条は止まらない。
「次」
書類だけが流れていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
「追いつかないって!」
誰かが頭を抱えた。
「副会長! 今の何で承認なんですか!」
副会長は苦笑しながら自分の書類を片付ける。
「基準どおりだ」
「その基準が分からないんです!」
悲鳴のような声に、生徒会室の空気が少しだけ和らぐ。
「九条様、速すぎる……」
「いつもこんなでしたっけ?」
「いや、最近はもう少し……」
そこで言葉が止まる。
誰かが、小さく呟いた。
「……説明、あったよな」
その一言で、部屋が静かになった。
最近。
橘が来るようになってから。
九条は書類を処理するたび、
「ここは前年度の様式に合わせる」
「この項目だけ確認すればいい」
「理由はこれだ」
短くても、必ず一言添えていた。
だから全員が理解できた。
だから流れについていけた。
今は違う。
本来の速度だった。
「これ無理だろ……」
「速いのに間違ってないのが余計に困る」
ぼやきが漏れる。
そのときだった。
扉が静かに開いた。
「失礼します」
橘だった。
「あ、橘!」
「来た!」
なぜか何人かがほっとした顔をする。
橘は首をかしげた。
「何かありましたか?」
「いや……その……」
答えるより早く、九条が顔を上げる。
橘を見る。
それだけで、次の書類を手に取った。
「橘」
「はい」
「ここは前年度と同じ形式で記入する」
「はい」
「この欄だけ確認すればいい」
「分かりました」
自然なやり取りだった。
九条はそのまま説明を続ける。
「ここは例外」
「この案件は優先」
「これは後回しで構わない」
速度はほとんど変わっていない。
だが、言葉が増えている。
補佐役たちは顔を見合わせた。
「……戻った」
「人間向けになった」
「助かった……」
誰かが机に突っ伏す。
橘だけが、その理由に気づいていなかった。
(今日はたまたま分かりやすいな)
そんな程度の認識だった。
書類を書き終え、九条へ渡す。
九条は一目見て頷いた。
「問題ない」
「よかった」
橘は小さく笑う。
(やっぱり、俺でも少しは役に立ててるのかな)
その答えは、橘の中で静かにまとまり始めていた。
一方、生徒会の補佐役たちは、別の結論にたどり着いていた。
「分かった……」
「九条様は変わってない」
「変わるのは橘がいるときだけだ」
その呟きに、誰も反論しなかった。
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