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第18話 高1_生徒会室4
給湯室には、湯の沸く音と紙コップの触れ合う音が静かに響いていた。
放課後の生徒会室は忙しい。
期末試験が終わってから暫くすれば、九条は本来の放課後を生徒会へ戻した。
橘も、ほぼ毎日、手伝いに来るようになっていた。
最初は頼まれるままに書類を運び、お茶を淹れ、簡単な作業を手伝うだけだった。
それだけのはずだったのに、いつの間にかそれが当たり前になっている。
「橘くん、それ九条様のでお願い」
「あ、はい」
返事をしながら湯を注ぐ。
(……これも、いつの間にか俺の仕事になってるな)
少しだけ不思議だった。
自分は生徒会員ではない。
それなのに、誰も違和感なく仕事を頼んでくる。
紙コップを並べながら、小さく笑う。
「俺、ちょっと部外者っぽいですよね」
軽い冗談のつもりだった。
ところが。
給湯室の空気がぴたりと止まった。
「……え?」
一年の補佐役が目を丸くする。
二年の補佐役も、持っていたファイルを閉じた。
「今、何て言った?」
橘は首をかしげる。
「いや、俺、生徒会入ってないですし」
「違います!」
一年生が思わず声を上げた。
「全然違います!」
勢いに橘が目を瞬かせる。
「橘くんがいないと困るんです!」
「え?」
二年生も苦笑しながら頷いた。
「本当に困る」
「いや、でも九条がいれば……」
「それが違うんだよ」
間髪入れず返される。
「九条様は九条様で仕事を全部終わらせる。でも俺たちが終わらない」
「え?」
橘は意味が分からず首をかしげた。
一年生が身振りを交えながら説明する。
「橘くんがいる日は、九条様、ちゃんと説明してくれるじゃないですか」
「ここはこう、とか」
「理由も言ってくれるし」
「そうそう!」
二年生も続ける。
「でも橘くんがいない日は違う」
「承認」
「差し戻し」
「再提出」
「以上」
「終わり」
一同が九条の口調を真似すると、給湯室に小さな笑いが起きた。
「説明、ゼロ」
「速すぎて追いつけない」
「質問しようとしたら、もう次の書類なんです」
「昨日も聞けなかったよな」
「『説明なかったよな』ってみんなで顔見合わせたし」
「完全に前の九条様だった……」
その一言に全員が深く頷く。
橘だけが黙っていた。
(……あれ)
胸の中に、小さな疑問が浮かぶ。
(もしかして、俺に説明してる時間って
みんなの仕事、止めてる?)
思わず視線が下がる。
(俺がいるから遅くなってるんじゃ……)
そんな考えが頭をよぎった。
「いやいや!」
一年生が慌てて否定する。
表情に出ていたらしい。
「逆です!」
「え?」
「橘くんがいると、九条様が説明してくれるんです!」
「だから俺たちも分かる!」
「いないと理解する前に終わる!」
「本当に終わる!」
「仕事も俺たちも!」
再び笑いが起こる。
大げさな言い方なのに、誰一人笑い話として言っていない。
二年生が苦笑した。
「九条様は変わってないんだよ」
「変わるのは説明だけ」
「橘くんがいると、人間の速度になる」
「いないと、本来の速度」
「だから助かってるのは俺たち」
橘は紙コップを見つめた。
(そういうこと……なのか)
それでも、すぐには信じられない。
(でも、九条がすごいだけじゃないのか)
その考えも残る。
「だからさ」
二年生が穏やかに笑う。
「部外者なんて思わないでくれ」
「いてくれると、本当に助かる」
一年生も大きく頷いた。
「お願いします」
橘は少し照れたように笑う。
「……そんな大げさな」
そう答えながらも、胸の奥には小さな何かが残っていた。
(俺がいる意味って、少しくらいあるのかな)
紙コップから立ち上る湯気が、静かに揺れていた。
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