23 / 31

第22話 高1_春休み直前

 放課後の生徒会室は、静かだった。  春休み直前、提出物の山もひと段落している。  机の上には、整理された書類が数枚だけ残っていた。  その中に、一つだけ明らかに性質の違うものが混じっている。 「これ……まだ未処理ですか?」  橘がそれを指さした。  白い封筒。  稟議書とも通知とも違う、やけに簡素なそれだった。  誰もすぐには答えない。  わずかに間が落ちる。 「それだ」  九条が言った。  短く、それだけだった。  橘は封筒を手に取る。  中には一枚の紙。  余白の多い印刷用紙。  その中央に、二文字だけが置かれている。 『会長補佐』 「……え?」  声が小さく漏れる。  意味が追いついていない。 「これ、どういう……」 「俺が出した。来年の4月からだ」  九条はそう答えた。  迷いのない声だった。  説明でも相談でもない。  ただの事実としてそこにある。  生徒会室の空気が一瞬だけ止まる。  副会長が視線を上げる。  書記も手元の紙を止めたまま動かない。 (今の、決定か) (いつ通した)  誰も口にはしない。  ただ同じ疑問だけが浮かぶ。 「会長補佐って……」  橘がもう一度言いかける。  九条はその途中で切るように続けた。 「お前がここにいる理由だ」  一拍。  橘の動きが止まる。 「……理由?」 「そうだ」  九条は淡々と言う。 「生徒会に来る理由が必要なら、それにする」  それは命令でも拘束でもない。  ただ“置き換え”のような言い方だった。  副会長が小さく息を吐く。  書記は何も言わないまま書類に戻る。  生徒会室の空気だけが、静かに戻っていく。  橘は封筒を見下ろしたまま、言葉を探す。 「俺、それって……九条の補佐ってこと?」 「そうだ」  即答だった。  間はない。  橘は少しだけ視線を落とす。  補佐という言葉の意味が、まだ輪郭を持たない。  九条は続ける。 「あと一つ」  一瞬、全員の手が止まる。 「俺の隣にいるときの立場だ」  短い言葉だった。  それ以上の説明はない。  だが、不思議とそれで終わっている。  副会長が小さく視線を伏せる。  書記は何も言わない。  橘だけが、封筒を見つめたまま固まっている。 「いや、それって……」  言いかけて、言葉が止まる。  どう受け取ればいいのかが分からない。  九条はもう一度だけ橘を見る。  それだけで視線は終わる。 「以上だ」  九条の言葉で、その話は切られた。  封筒は机の上に残ったままになる。  役職名だけが、そこに静かに固定されていた。  副会長は視線を戻しながら、小さく息を吐く。 (捕らえたか)  書記も何も言わず作業を続ける。  橘は封筒をもう一度だけ見てから、自分の席に戻った。  実感はまだない。  ただひとつだけ分かることがある。  さっきまでと同じ場所にいるのに、自分の置かれ方だけが少し変わっている。  その理由は、まだ言葉にならない。  九条は何も変わらないまま、書類を捌き続けていた。

ともだちにシェアしよう!