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第25話 高2_オープンキャンパス

 二年生になり、進路指導の一環として、中学三年生を対象にした学校見学会が近づいていた。  生徒会本部では、当日の担当表が配られている。  受付。校内案内。体験授業補助。誘導。  どの部署も慌ただしい。  副会長が資料を配り終えると、九条へ真っ直ぐ視線を向けた。 「九条」 「ああ」 「今年は頼むから、どこか行くなら一言言ってから行ってくれ」  その言葉に、生徒会室の空気が一瞬だけ止まる。  橘だけが首を傾げた。 「……どういうことですか?」  副会長は苦笑する。 「橘は知らないよな」 「二年前」 「俺たちが中学三年で、学校見学会の補助に入った日のこと」  生徒会三役が一斉に苦笑いする。 「九条、途中で突然いなくなったんだ」 「いなくなった?」 「そう」 「受付にもいない」 「案内にもいない」 「無線で呼んでも返事なし」 「先生まで巻き込んで学校中探した」  副会長はため息をつく。 「一時間くらいして普通に戻ってきてな」 「『終わった』」 「それだけ」 「理由も説明しない」 「だから今でも何があったか誰も知らない」  横から書記が笑う。 「九条が勝手に消えるなんて、あれ一回だけだったよな」 「伝説ですよ」 「今年は本当に頼みます」  九条は資料から目を離さない。 「善処する」 「善処じゃ困る」  部屋に笑いが起きる。  橘も笑おうとした。  だが。  二年前の学校見学会。  その言葉だけが胸に引っかかった。  ――二年前。  中学三年生。  高校の学校見学会。  思い出す。  初めてこの学校へ来た日。  人が多かった。  体育館で説明を聞き、校舎を歩き、知らない制服、知らない先生、知らない先輩。  人の流れに、少しずつ息が詰まっていく。  気持ち悪い。  そう思った瞬間には、もう限界だった。  人の流れから外れ、壁際にしゃがみ込む。  視界が揺れる。呼吸が浅い。顔を上げられない。  その時だった。 「大丈夫か」  静かな声。  近いのに、不思議と圧迫感がない。  返事ができない。 「歩けるか」  小さく頷く。  すると、そっと手が差し出された。  ためらいのない手。  安心して掴めと言われているような、落ち着いた手だった。  握ると、温かかった。  その人は何も言わず、人混みを避けるように歩き始める。  廊下の端。渡り廊下。静かな階段。  どんどん息が楽になっていく。 「保健室だ」  ベッドへ案内される。 「少し休め」  横になる。  それでも、その人は帰らなかった。  椅子を引いて座る。  目を開けると、何も言わず、手を握ってくれた。  ぎゅっとではない。ただ包むように。  その手が、ひどく安心した。  もう大丈夫だと思えた。  目を閉じる。  そのまま眠ってしまった。  目が覚めた時には、もういなかった。 「優しい先輩だったな」  橘はそう思っていた。  高校生の先輩だと。  ずっと。 「……まさか」  橘は顔を上げる。  その日の生徒会活動が終わり、帰ろうとする九条を呼び止めた。 「九条」 「何だ」  廊下には二人だけ。  橘は少しだけ緊張しながら聞く。 「二年前の学校見学会で……」 「人混みで気分が悪くなった中学生を保健室まで連れて行ったこと、ある?」  九条は少しも考えない。 「ああ」  即答だった。  橘の鼓動が速くなる。 「その中学生って……」  一呼吸。 「俺?」 「ああ」  九条は静かに頷いた。  橘は目を丸くする。 「やっぱり。……あの時の人、九条だったんだ」  九条は当然のように言う。 「最初から分かっていた」 「え?」 「入学式の日に気づいた」  橘は言葉を失う。 「じゃあ……俺だけ知らなかったんだ」 「ああ」  その返事はあまりに自然で、橘は思わず笑ってしまう。 「ありがとう」 「あの時、本当に安心したんだ」  九条は少しだけ橘を見る。 「そうか」  それだけ。  けれど、その一言は。  二年前、手を握られた時と同じくらい、穏やかだった。

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