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第27話 高2_生徒会旅行
出発当日。
空港の集合場所は、いつもより空気が軽い。
理由は単純だった。
九条がいない。
その一点だけで、場の重心がわずかに変わっている。
会計が荷物を確認しながら言う。
「いやこれ初めてじゃない?九条いない生徒会系イベント」
書記が周囲を見回しながら答える。
「逆に怖いけど……急な家の用事だっていってたから仕方ないよ」
残念そうに補佐役がスマホを見ながら続ける。
「橘くんいるし平和でしょ」
橘はその中心の少し外側に立っていた。
呼ばれているのは分かるのに、入り方がまだ分からない。
(九条、いないんだ……)
その事実だけが、少しだけ現実感を薄くしている。
だが空気はすでに別の方向に流れていた。
「橘くんってさ」
「普通に同い年だよね」
「話していいやつだよね」
距離が近い。
けれど、いつもの“整えられた距離”ではない。
橘は少し遅れて頷く。
「ここ、初めて来ました」
書記がすぐに返す。
「だよね。一緒に回ろ」
そのまま自然に流れに組み込まれていく。
橘は一瞬だけ戸惑い、それから歩き出す。
(あ、普通ってこういう感じか)
その場に、少しだけ柔らかい空気が混ざる。
それを見ていた一部の補佐役が、何気なくスマホを取り出した。
「これ送っとく?」
「……上に」
「賄賂だな」
冗談のような言い方だったが、習慣だった。
◇
その夜。
九条の端末に通知が入る。
《橘くん、同級生と楽しそうです》
《笑ってます》
《今アイス食べてます》
《満喫中です》
写真が並ぶ。
会計と歩く橘。
少し笑っている橘。
驚いている橘。
アイスを持つ橘。
九条はそれを見ている。
表情は変わらない。
しばらくして画面を閉じた。
秘書が静かに声をかける。
「九条さま」
その呼び方に、九条は反応を返さない。
もう一度だけ、同じ声が落ちる。
「お父様のご用件ですが、少し長引きそうです」
「分かった」
短い返事だった。
端末が再び振動する。
副会長からの連絡が届く。
《生徒会の旅行は問題なく進行しています》
《橘も同行中、特に支障なし》
九条は一度だけ目を落とす。
「……問題ない」
その言葉はいつも通りだった。
だが、部屋の空気だけが少し静かになる。
◇
親睦旅行は続いている。
橘は普通に楽しんでいた。
同級生と話し、笑い、少し戸惑いながらも、その空気に馴染んでいく。
そして誰かが言う。
「橘くんって、九条くんいなくても普通にいい人だね」
橘は少しだけ瞬きをする。
「え、そうですか?」
その言葉は軽い。
けれど、胸のどこかに小さな違和感が残る。
“九条がいない自分”を、他人の基準で見られた感覚だった。
◇
その夜。
また写真が送られる。
夜景を見る橘。
書記と並んで座る橘。
少し眠そうな橘。
九条はそれを見ている。
秘書が様子をうかがう。
「……九条さま」
「問題ない」
同じ言葉。
だが、わずかに間があった。
◇
一方その頃、親睦旅行は続いている。
橘はまだ知らない。
自分の“普通の笑顔”が、
誰かにとっては最も静かに扱われている情報になっていることを。
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