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第29話 高2_生徒会旅行

夜。 ホテルの廊下は静かだった。 本来なら、全員同室で雑魚寝の予定だった。 だが、その案は昼のうちに消えている。 理由は単純だった。 九条の「分けろ」の一言。 その言葉で、宿泊構成は強制的に個室分離へ変更された。 誰も異議は出さない。出す前に空気が止まっている。 薄々、全員が理解していた。 (あ、これ怒ってるやつだ) ただし、その“怒り”の中身までは共有できていない。 ◇ そして今。 橘の部屋。 照明は落ち、カーテンは半分だけ閉まっている。 副会長、会計、書記、そして橘がそこにいる。 本来なら起こりえない配置だった。 「……ここ、いいんですか?」 「いいかどうかで言えば多分ダメだ」 「でも来ちゃったんだよね。せっかくだし」 「九条いないし、少しくらいは……」 橘は少しだけ視線を落とす。 (九条いないと、こうなるんだ) 空気は軽い。けれど、どこか落ち着かない。 ふと笑い声が混じる。 「正直さ、橘くんも怖くない?」 「怖い……ですか?」 「九条のこと」 橘は少し考える。 静かで、正しくて、判断が早い人。 そして決まったことは変えない人。 「怖いというより……読めない、です」 「やっぱそうだよね」 「でも、それは危ないって意味じゃなくて。そういう人なんだと思ってます」 一瞬だけ沈黙が落ちる。 「俺らの怖さとは違うんだよね」 「うん。“何されるか分からない怖さ”って感じ」 橘は少し首を傾げる。 「何されるか、じゃなくて……決まってる感じです」 「決まってる怖さ、か」 ◇ その時だった。 廊下の空気が変わる。 鍵の音。 「え」 ドアが開く。 九条。 一瞬で全員の動きが止まる。 (やばい) (なんでここに) (終わった) 室内を見渡す。 一人ずつ視線が落ちる。 そして最後に橘で止まる。 「何をしている」 「いや、その……少し話を」 「夜だ」 「はい……」 「部屋だ」 「はい……」 声は静かだった。 だが、静かすぎる。 橘が一歩前に出る。 「九条、皆で少し話してただけだよ」 視線が橘に移る。 一拍だけ止まる。 「ここは不要だ」 その言葉で空気が落ちる。 (あ、これ本気だ) 誰もが同時に理解する。 これは怒りではない。 もっと別のもの。 “逸脱の検知”と“修正”。 「解散しろ」 誰も逆らわない。 「すみません……」 「失礼しました……」 「申し訳ありません……」 一人ずつ部屋を出ていく。 廊下に消える背中は速い。 橘だけが残る。 ドアが閉まる。 沈黙。 「そんなにまずかった?」 九条はすぐに答えない。 視線だけが一度落ちる。 「“夜に”“複数で”“部屋”。ーーー許可していない」 「そういうルールがあるんだ」 「ああ」 「知らなかった」 「必要ないからだ」 そこで気付く。 (これはマナーじゃない。線だ) 「九条が嫌だから?」 一拍。 「嫌ではない。許可していないだけだ」 その言葉が一番冷たく見える。 感情ではなく、基準。 少し黙る。 「俺は……よく分からない」 「それでいい」 即答。 説明する意思はない。 一歩だけ近づく。 「お前はここにいればいい」 小さく頷く。 (ここ=許可された範囲) その裏側で処理は終わっている。 それは感情ではない。 怒りでもない。 ただ橘を誰の近くにも置きはしない。 ◇ 翌日。 全員が理解する。 昨日の静けさは感情ではなかった。 誤った距離の強制修正。 それだけ。 そして同時に思う。 (怒られるより怖い)

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