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第29話 高2_生徒会旅行
部屋の空気は、さっきまでとは違って静かだった。
さっきまでいた生徒会三役の気配はもうない。
廊下の足音も遠く、完全に切り離されたような静けさだけが残っている。
ここには橘と九条だけだった。
◇
橘は少しだけソファに座り直す。
「……なんか、一気に静か」
「ああ」
短い返事だけが落ちる。
橘は窓の外を見る。
夜の光が、遠くでゆっくり揺れている。
「旅行っぽい話でもする?」
「何の話だ」
「……恋バナとか?」
一瞬だけ間が空く。
いつもなら、そこで終わる質問だ。
“不要”の一言で切り捨てられるはずのもの。
だが、今日は少し違っていた。
九条は橘を見る。
「……そういう文化は理解している」
「じゃあ少しだけ」
橘は軽く笑う。
「九条って、好きなタイプとかある?」
空気が止まる。
沈黙は長くない。だが、質が違う。
九条はすぐには切らない。
視線を外さず、少しだけ橘を見ている。
そして、淡々と口を開く。
「俺はお前だけだ」
一瞬、意味が落ちてこない。
橘は目を瞬かせる。
「……え?」
(恋バナって、そういう話だっけ)
頭の中で言葉が組み替えられる。
「それって、好きなタイプって話?」
「ああ」
「俺だけっていうのは……?」
九条は変わらないまま言う。
「それ以外はない」
説明になっていない。
でも、揺らぎもない。
決めたものをそのまま置いているだけの声だった。
橘は少しだけ困ったように笑う。
「冗談だよね?」
「違う」
その一言で、空気が変わる。
重くはない。
ただ、逃げ場がなくなる種類の確かさだけが残る。
橘は少し黙る。
(冗談じゃないなら…じゃあ、これは何だ)
怖さはない。
でも、整理はできない。
「……そう」
それ以上が続かない。
九条は視線を外さないまま続ける。
「明日は予定がある。朝食前に帰る」
「そうなんだ」
九条は立ち上がる。
空気が少しだけ締まる。
「羽目は外すな」
「羽目って……」
橘が小さく苦笑しかけた、その時。
九条はドアに手をかける。
その動きは止まらないはずだった。
「あ、九条」
呼びかけた瞬間、無意識に声が出ていた。
止めるつもりはなかったのに、止まってしまった。
九条の手が、わずかに止まる。
ドアノブには触れたまま、振り返る。
橘は少し言葉を探す。
(続く)
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