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第一話

第二次性という概念が発見されたのは、今から約一世紀前。男女という性別の他に、オメガ・ベータ・アルファの三種類の性別が見つかった。 男女の一般的な性しか持たないベータ。 容姿や能力に長けたアルファ。 そして、三ヶ月に一回度ヒートと呼ばれる発情期があるオメガ。 そこから時は流れ、この国には『第二次性法』が二十年前に制定された。 性別による差別や優遇の禁止。 第二次性保護について。 そして──── 遺伝子相性を元にした『マッチング制度』 国家が少子化・治安対策として導入した制度であり、国民全員に義務化した制度だった。 小学校高学年時に行われる第二次性検査。 その結果を行政機関に提出し、遺伝子・フェロモン適合率・知能指数・健康指数・精神安定度などのあらゆる数値を総合し、最適な「番候補」が行政により決められる。どちらかの年齢が十八歳になると、行政から通達が来るシステムだ。 制度が決めた相手と結婚すれば、税優遇や子育て支援、発情抑制医療優先のみならず社会的信用も保証される。そのため、番からそのまま結婚するケースがほとんどだ。 もちろん候補者を拒否することも可能だ。 しかしその場合は再審査を申請する必要があり、制度不適合者扱いを受ける可能性や、一部の上流国民の間では縁談価値の低下に繋がる。 だから誰も逆らわない。 この国では、 番も、結婚相手も──── 運命すら国が決める。 「おはよう泉。それと誕生日おめでとう」 早朝。気持ちよく澄んだ空に、爽やかな声が響く。 長い手足をしわ一つないよくアイロンがけされた制服が包んでおり、誰もが振り返るような美貌に清々しい笑みを浮かべている。ごつごつとした関節の逞しい手には、紙袋がぶら下がっていた。 「え……っ、俺に?ありがとう」 泉は相手が差し出したプレゼントを快く受け取った。 「蓮から誕生日プレゼントをもらえるとは思ってなかったよ。すごい嬉しい!ありがとう」 微笑む泉。顔の周りに花が咲いたように美しい笑顔だった。その表情を紫崎蓮(しざきれん)が優しく見つめる。 「そりゃあ大切な節目の誕生日だからな」 「うん……」 顔を伏せ、一気に気落ちしたような声。それに気づいた蓮が泉の顔を覗き込んだ。 二人は大企業の社長の息子として生を受け、お互いの苦労を知り尽くしている間柄だ。相手のそっとやちょっとした気持ちの変化を敏感に察する。 「番うの、嫌か……?」 「いや、そうじゃない。だた……」 泉がちらっと蓮を盗み見る。誰もが羨む美貌を持つ蓮。アルファの中のアルファというように、男のフェロモンが漂っている。 高校には秘密のファンクラブが存在するほどで、そこでは蓮が人気すぎるあまり、蓮はみんなのものという暗黙のルールが存在する。抜け駆けして告白や差し出し、ましてや声をかけることすら禁止されている。ただ彼を遠くから観察し応援する非公式団体。 しかし彼女らには絶対に叶わない相手がいる。蓮の番、つまり婚約者だ。 七月に十八歳を迎えた蓮は、その日の朝のうちに番相手の情報が学校全体に広まっていた。相手は同じ高校に通う違うクラスの男子だった。有名な製薬会社の御曹司で、蓮や泉と同じく特進クラスに通っている。 裏でクラスの姫と呼ばれており、ふわふわとした雰囲気を持つオメガだ。姫と王子、二人のカップリングは学校中で人気となり、誰もが認める公認カップルとなった。実際に番相手のうなじに噛み跡ができたときは、正式に番が成立したのだと学校全体が祝福ムードとなった。 だが、泉は二人を祝う笑顔の裏に、異なる感情を隠し持っていた。 幼少期から家族がらみで何度も社交パーティーで顔を合わせており、小学校で同じクラスになってからはすっかり意気投合し仲良しになった。 朝には一緒に登校し、部活動も一緒、放課後はお互いの家に行き来する親友。泉は心の中で密かに蓮が運命の番なのでは、と信じていた。蓮といると心臓がどきどきして体が熱くなる。頭を撫でられると気持ちがいい。 だから蓮の誕生日当日に何も連絡が来なかったことに対し、泉の心は真っ黒に塗りつぶされてしまった。 蓮の番相手をもちろん祝福しているが、心の奥底では自分の方が相応しいのに、と思ってしまうのだ。 「ただ……いや、何でもない。何を言いたかったのか忘れた」 泉は受け取ったプレゼントを丁寧にバッグにしまうと、先に歩き出した。慌てて蓮が追いかけてくる。 「深追いはしないけど……何か悩んでるなら相談しろよ?」 「うん……ありがとう」 豪華絢爛な門を通り過ぎ、二人が校舎内に足を踏み入れる。 この久瑠美丘(くるみおか)学園は多くの有名企業や芸能人のご子息御用達の、超有名私立高校だ。必然的にアルファやオメガの割合も高く、特に優秀な上位八十名は特進クラスに通うことになっている。 学園内にいる生徒一人一人が目を引くような容姿をしており、一般人から見れば楽園のような光景だ。しかしその中でもひと際多くの視線を集める二人がいた。 アルファの中のアルファという男らしさに溢れた蓮。その見えないフェロモンにうっとりする女性生徒たちと憧れの視線を向ける男子生徒。そしてその横に並ぶ美しい顔立ちをしたオメガの泉。 泉はぱっと見、アルファと間違われることが多かった。身長もオメガの平均よりも随分と高く、学業成績優秀、スポーツ万能、ピアノにバイオリンなどの音楽まで完璧な文武両道の天才だ。それに加え薔薇のような美しさを携えているのだから、周囲の視線を一身に集めるのも当然だった。 「蓮……っ!」 正面から一人の生徒が寄ってきた。小柄な身長に、ぱっちりと大きく見開かれた瞳。くるくるとした巻き毛がなんとも似合う、ふわふわとした雰囲気を漂わせる、可愛らしい男子生徒だった。蓮の番の城之内水樹(じょうのうちみずき)だ。 「水樹、おはよう」 ぱっと満面の笑みを浮かべる蓮。その表情を見た泉の心臓がズキンと痛んだ。 「黒宮くん、誕生日おめでとう」 そう言って手渡しされる紙袋。 「あ、ありがとう……」 泉は自分の卑しい感情が嫌になった。こんなにも自分によくしてくれている相手を、心の底では恨んでいることなど、誰にも知られたくなかった。 「じゃあ俺、水樹と少し話してから教室行くから、先行ってて」 「あ、うん」 微笑んでいる蓮と水樹に手を振り、 泉は教室の方向へと踵を返した。 受け取った紙袋が重くずっしりとしている。 腕に食い込むその重みが、胸の奥に沈んだ感情とよく似ていた。

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