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第8話

「紫月…」 「……ん」 「起きないの?」 「……んん」 珍しい いつも、休みの日でも俺より先に起きるのに 「今日、何時に出るの?まだ起きなくて大丈夫?」 「………んん~…行かない」 「え?」 「行きたくない…南風と居る」 これもまた、珍しい 紫月が、こんな甘えたみたいな我が儘言うなんて 「たった何日かだろ?すぐにまた、一緒に居られる」 「……ずっと一緒がいい」 「紫月…」 「ごめん…南風に、こんな事言ったって、困らせるだけだった」 「ふっ…珍しい紫月、可愛いよ。せっかくだから、充電しとこ」 「んっ……んんっ…んっ…」 ほんとに珍しい 俺にキスされてる紫月が もっとして?って顔してる 「そんな顔されたら、止めらんなくなるよ?」 「いいよ…」 「……ふっ…ダ~メ。紫月、実家帰れなくなったら、困るもん」 「いいよ…やっぱ、帰れなくなったって言う」 「ダメだろ?紫月、すっげぇ帰りたくなさそうだったのに、それでも帰るって決めた理由、あるんだろ?」 「……んん~~…じゃあ…南風にキスマーク付けてもらう」 「ふっ…いいよ。何処に付ける?」 なんか、可愛いな 紫月でも、こんなんなる事あるんだな 実家だってきっと、ちゃんとしてるんだろうし 待ってる家族が居るんだろうに そんなに帰りたくない理由…あるんだな 「んっ…」 「あ、ごめん…吸い過ぎた」 「しっかり付けてくれた?」 「完ぺき」 「はぁ~…準備しなきゃ…」 そうして、憂鬱そうに起きた紫月が いつもと同じ様に、朝ごはんを作ってくれて また、憂鬱そうに準備を始めて 「南風……はぁ…南風…」 なんか、準備出来たから 出掛けるのかなと思ったら 「南風……ちゅっ…南風…」 なんか、ソファーに座ってた俺のとこ来て ぎゅっぎゅ…ちゅっちゅ…し始めた 「ふっ…嬉しいけど…んっ…し…んっんっ……紫月……行かなきゃ…」 「………南風…待っててくれる?」 「うん。待ってる」 「………帰って来たら……南風…居なくなってないよね…」 「ないよ…紫月が、待ってて欲しいなら、ここで待ってる」 「うん……約束…して」 「分かった。必ず、紫月が戻って来るの、ここで待ってる」 「うん…」 そうして、憂鬱そうな顔した紫月は 紫月の部屋から消えてった 紫月の居ない部屋に 1人…残された 寝よ 外は寒いのに こんな、あったい部屋で こんな、いいベッドで眠れるなんて なんて幸せなんだ いい匂い… 清潔なシーツ 柔軟剤と…紫月の匂い 気持ちいいな まさか、俺に こんな生活出来る日が来るなんてな 物心ついた頃には 腹が減ってた 母親だと思われる人は 家に居たり、居なかったり 可愛がったり、怒鳴ったり、叩いたり 食べれたり、食べなかったり とにかく、腹が空いてた 空腹という言葉を知らない頃から 俺は、常に空腹だった あの頃、時間という感覚は、あまりなかった ただ、毎日 その時の事だけで、いっぱいだった 唯一、一緒に居たその人の顔を 俺は、あまり覚えていない 俺が、その人の元から施設へと入れられたのは 4歳だったらしい 4歳だとは思えない程 痩せ細ってて、栄養状態が悪かったらしい 施設に入ってから 毎日、1日3食与えられる事に驚いた 成長するにつれて、それでも腹が満たされない事もあったけど それでも、生きていける衣食住が与えられていた 高校を卒業した途端 その一切を失った 不思議なもので 似た様なヤツは、集まる場所が分かるらしい 別に、調べてもいないのに 何となく、そういう奴等が居る場所に辿り着く そうして、生きていく術を知っていく ヤバい人、ヤバい事 どこまでが大丈夫で、どこからがアウトか ギリギリのライン グレーな場所 それが、俺達の生きる世界 泣いてるヤツ 狂ってるヤツ 捕まるヤツ 消えたヤツ どんなヤツも 明日の自分を見ているみたいで そいつを見て笑うヤツは居ない 皆…たまたま今日は、自分じゃなかっただけ 「タツヤ、ほい」 「酒?俺、あんま美味しいと思わないから、いいわ」 「バカだな。味なんか、どうでもいいんだよ。酒に酔わない様に、ある程度強くなっとけ」 「酔わない様になんの?」 「体質なのか、慣れてないだけなのか、それも含めて、自分の弱みは知っておいた方がいい」 タツヤ時代は 初めての事も沢山で ほんとに、色んな事を教わった 今まで、何とか生きてこれたのは あの時出逢った奴等のお陰が大きい 皆…生きてっかな… 何処で… 何してる…かな…… あ… 寝てた 「んん~~~~っ…はぁ…何時だ?」 スマホを見ると 紫月から連絡が来てた 『実家に着いたよ』 『南風、寝てるのかな?』 『南風、何処か出掛けてるのかな?』  え… 電話かかってきてた 全然気付かなかった そんな熟睡してたのか 『熟睡してた』 『気付かなくてごめん』 おお… もう既読になった 『電話していい?』 え… 何かあったのか? 『いいよ』 ヴ~~…ヴ~… 「もしもし?紫月、何かあっ…」 「南風…南風…今、うち?」 「え?…ああ…そう。紫月のベッドで、熟睡してた」 「そ…そっか…」 「紫月、何かあった?」 「……南風…居なくなったんじゃないかって…思って……疑って、ごめん」 え? それで、電話してきたの? 「ちゃんと居るよ。ここで、紫月を待ってる」 「うん……南風…南風の歌…聞きたい」 「歌?今?」 「あ…いつでもいい…今じゃなくても…」 「ふっ…今でもいいよ。しづきが~♪︎甘々しづきで~♪︎いつもより~♪︎リュリュリュリュ~♪︎可愛いから~♪︎」 「ふっ…うん…」 「帰って来たら~♪︎ドゥドゥドゥ~♪︎めちゃくちゃチュ~してね~♪︎可愛いがってあげるからね~♪︎」 「…うん…ありがとう……少し元気出た。凄いね、南風…電話だけで、元気にしてくれる。ありがとう」 「こんなんで元気になれんなら、いつでも歌ってやるから、電話してこい」 「うん。ありがとう」 こんな、めちゃくちゃな歌の 何が、そんなにいいのか知らないけど ほんとに紫月は、いつも嬉しそうに俺の歌を聞く 話す事も、ままならなかった俺が こんなに、よく喋って歌う様になったのは 施設と、学校の、沢山の人達のお陰でしかないけれど 俺は、多分 ほんとの意味での、愛情を知らなかったんだと思う 施設に入る時 俺はまだ、ちゃんとした人間にはなれてなかった 色んな環境、色んな人達によって 俺は、急速に変わっていった だから、いつか分かると思っていた 街の中で見掛ける、親子や恋人達 その、なんとも楽しそうな、嬉しそうな それが、いつか 俺にも分かる日が来ると思ってた けれども、どれだけお世話してくれた施設職員にも どんな学校の先生にも 何人も居た彼女にも それを、感じる事はなかった やっぱ、生まれてから人間になるまで 時間がかかり過ぎたからだろうか そこでしか得られなかったものが、あるのだろうか そう思ってた だから、紫月を好きだと思った時の あの感情は、衝撃的だった 感じた事のない、溢れる想い 俺が、アホ過ぎて気付かなかっただけなのか たまたま偶然、タイミングが紫月だったのか それは、俺にも分からない だけど、俺は 生まれて初めて愛情を感じた そして、それと共に 紫月に対する感情も自覚した 紫月と一緒に、居れば居る程 なんで、沢山居る中の俺なんだか、分からない だから、生まれて初めての感情は 嬉しいけど あまり、大きくしない様にしている 生まれて初めての、嬉しい感情を失くした時、どうなるのか 俺はまだ、知らないから 最悪を考えるのは 胸が苦しくなるけど 実際は、そんなもんじゃないだろうから なるべく、未来は考えないように 今を、目一杯楽しんで

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