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第9話
「お帰り、紫月。まったく…全然連絡よこさないんだから」
もう帰りたくなってきた
南風の顔見たい
南風の声聞きたい
「紫月。それで、仕事の方はどうなんだ?」
「どうって?別に問題なくやれてるけど?」
「色んな経験をするのは、いい事だ。が…そろそろ、いいんじゃないのか?」
「……何度も言うけど。俺は、ここの会社で働くつもりないから」
「何が不満なんだ?私も紫 も、四六時中お前の監視をする訳でもなし。大きな問題を起こさない限り、それなりのポストが用意されて…それの何処が不満なんだ?」
「はぁ…もう、何百回も言ってるけど、そこになんの興味も関心もないから」
実家戻る度に、同じ話
流石に、働き出したら諦めると思ってたのに
ガチャ…
「紫月」
「紫…」
助かった
「久しぶりだな。元気だったか?」
「元気だよ。紫、明日来るんじゃなかったんだ」
「明日は、婚約者連れて来るけどね。紫月が、今日来るって聞いたから、俺だけ先に来たんだ」
「そっか」
両親の望む通りに
期待もプレッシャーも全て、俺の分も引き受けて
親の会社で働いてる、3つ上の兄は
まるで、この家にはそぐわない道を選ぶ弟の俺を
不思議と、可愛がってくれる
「紫も、紫月が居れば他には言えなくとも、言える事や頼れる事があるだろ」
「まぁまぁ、父さん。今のとこ、俺は大丈夫だからさ。せっかく皆集まってるんだし」
「せっかく集まってるからだ。自由に生きたい気持ちも、分からなくはない。だが、親が頑張って作った会社を、兄と共に引き継ごうという気持ちが、少しもないのか?もう学生じゃないんだぞ。いい加減に…」
もうダメだ
限界だ
「おい!紫月、待ちなさい!」
永遠に平行線なのに
何故、分からないんだ
さっさと、リビングを出て
自分の部屋へと向かう
俺だって、仕事してるんだから
起業する事も
それを拡大させる事も、維持していく事も
どれだけ大変な事なのか、分かる
社会人として、父親を尊敬しない訳ではない
けれども、それは父親が撰んだ道だ
そこに関心があって、魅力を感じて、情熱を注げると思ったからこそだ
その道に、俺にとっての、それらは無い
「……南風」
親とのいざござが始まると
何となく、紫が間に入ってくれて
そんな紫が、婚約者を連れて来るって言うから…
そうじゃなきゃ、帰ってなんか来なかった
『実家に着いたよ』
って送ったけど
既読になってないな
『南風、寝てるのかな?』
きっと、俺は我が儘なんだろな
与えられるものがあるのに
他のものを選ぶ事が出来て
だけど
どんなに、何を与えられても
たいして変わらなくて
紫みたいに、楽しそうにも、嬉しそうにも出来なくて
多分、俺は可愛げの無い子供だった
『南風、何処か出掛けてるのかな?』
「南風…会いたいよ…」
こんなに、何かに執着したのは初めてだ
俺に、合わせてくれたみたいに始まった関係
南風は、楽しそうで、嬉しそうで
泣いたりもして…嘘の感情じゃないんだろうけど
恋愛感情があるのかは、分からない
南風なら
好きじゃなくても、楽しく出来そう
好きじゃなくても…
そういう事…出来そう
「南風…」
全然、既読にならない
別に、外出しちゃダメなんて言ってないし
どっか出掛けたのかな
俺と居ると、なかなかゆっくり会えない友達とか……
いいんだけど
南風を
そのまま連れてかないなら、全然いいんだけど
南風が
そっちを選ぶなら仕方がない
自分の生き方を選ぶ事が
どれだけ大切かは、俺がよく知っている
ヴ~~
「っ…南風!」
南風の声を聞くだけで、安心する
南風、家に居たんだ
俺のベッドで寝てた
一気に、気持ちが落ち着いていく
南風の、楽しそうな声が好き
「帰って来たら~♪︎ドゥドゥドゥ~♪︎めちゃくちゃチュ~してね~♪︎可愛いがってあげるからね~♪︎」
南風の、どんな時でも
楽しくなる歌が好き
沢山元気を貰って、電話を切ると
コンコン
「紫月、ちょっといい?」
紫が、部屋にやって来た
流石に、久しぶりに俺が帰って来たから
紫も、強く言われたのかな
俺のせいで、申し訳ないとか思ってたら
「紫月…好きな人居るの?」
「…え?」
予想外過ぎる質問に
少し止まってると
「あ、ごめん。盗み聞きする気は、なかったんだけど…たまたま通りかかった時に、紫月の嬉しそうな声…聞こえてきて…」
紫は、昔から結構、彼女が出来たとか、家族の前でも言ってた
でも、俺は…一度もそんな話した事はなかった
だけど…
「うん。居る。今、俺の家で待ってる」
「そうか!一緒に住んでるのか?」
「うん」
「そうかぁ~。紫月、その人の事、好きなんだな?」
いい歳して、兄にこんな話
なんだか、照れ臭いけど
俺にとって、一番の家族で
その人に、初めて好きになった人の事
話したいと思った
「好き…だと思う。一緒に居ると、凄く楽しくて…どんな時でも、楽しい歌作って歌ってくれるんだ。元気…貰える」
「そうか…紫月…そうか…良かったな」
あまりにも嬉しそうな紫を見て
もしかしたら、紫は、気付いてたのかな
俺が、まともな感情を持ち合わせてなかった事
俺自身よく分からなくて、悩んでたのに
紫は、気付いて心配してくれてたんだろうか
「紫…いつも、ありがとう」
「俺は、何もしてない。紫月、明日昼過ぎには婚約者連れて来るからさ。夜には帰りなよ」
「え?でも…明日来るから、あさって帰れって母さんが…」
「大丈夫。父さんは、まぁ…アレだけど…母さんなら、きっと分かってくれる。俺が、上手く言っておくからさ」
「ありがとう…でも、無理はしなくていい。紫は、俺と違って、しょっちゅう母さん達と、会わなきゃなんないんだから」
「大丈夫大丈夫。で?どんな子なんだ?歳下?よく歌うって事は、声可愛いのか?」
なんか…凄い
こんなに、グイグイ聞かれると思わなかった
けど…
仕事とか、大学とか聞いてこないとこが、紫で
だから…
「歳下。5個下かな。声…そうだな。声もいいんだけど…やっぱり、楽しそうに歌ってる顔が、一番好…っ…」
「ははっ。そっかそっか。料理とかは?紫月も出来るだろうけど、どう?」
「料理は…殆どした事なかったみたいなんだけど…最近、手伝ってくれる。気合い入れて、野菜洗ったり、切ったりしてる姿がね、可愛いく…て…」
さっきから、俺…
こんなの、言った事無かったのに
それも、こんな身内になんて…
「嬉しいな。紫月から、そんな顔して、こんな話聞ける日が来るなんて。早く帰ってあげた方がいい。その子の為にも、紫月の為にもね」
「…ん…~~っ…紫…俺、もう27なんだけど…」
紫が、小さな頃みたいに
嬉しそうな顔して、頭撫でてきた
「幾つになったって、紫月は、俺の可愛い弟だよ」
南風に出逢って、感情というものが、動き始めたからなのか
南風を好きになれたからなのか
何度も見てきた、紫の優しい笑顔が
今までのどの顔より、優しく見えた
『南風、晩ごはん食べた?』
明日、帰れる事になった
って、伝えたいけど
ほんとに帰れるかどうかは
ギリギリまで分からない
ヴヴ
『食べたよ!』
『エビクリームパスタ、チンして食べた』
「ふっ…エビクリームパスタ…南風好きそう」
『美味しかった?』
『美味しかった』
『けど、紫月が作ってくれるのが一番美味しい』
「南風…いつも、美味しそうに食べてくれるもんなぁ」
『食べたい物、考えておいてね』
『うん!』
『一緒に買い物行こ!』
早く会いたい
南風…
早く会いたいよ
紫の婚約者は
勿論、父さんが認める様な家柄の人だった訳だが
思いの外、雰囲気の良さそうな人で
紫も、楽しそうに話していて、少しほっとした
すっかり機嫌の良くなった父親を、そっと残して
母親に、控えめな嫌味を言われ
それでも、帰らせてくれたのは
紫が、頑張って説得してくれたんだろな
『早く帰れる事になったよ』
『今から帰ります』
家を完全に出て
ようやく南風に連絡する
早く早く
あの家に
南風が居る、あの家に
エレベーターの扉が開いて
廊下を歩き出すと…
え…
「南風…」
玄関のドアを少し開けた南風が
ドアの隙間から、顔を出している
なんか、可愛い
玄関まで到着して
「南風、何処か行こうとしてたの?」
「紫月、お帰り」
バタンと、ドアが閉じて
「ただいま。これから、かいも…んっ…んんっ…」
南風が、まだ靴も脱いでないのに
キスしてきた
「紫月……紫月の家だから…紫月……紫月……」
南風の言いたい事は、よく分からなかったけど
泣きそうな顔で
必死にキスしてくる南風を見て
ああ…
もう…二度とこの家に、南風を1人にする訳にはいかない
そう思った
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